アーベントランド
さすらい

1999/11/03 ル・シネマ2
(第12回東京国際映画祭)
夜の町をさまよいながら恋人たちは何を探すのか……?
暗い。暗すぎる。観た後はがっくり疲れた。by K. Hattori


 失業中でにっちもさっちも行かない男。生活を変えたくても、そのきっかけさえ見つからない。行き場のない閉塞感の中で、共に生活している女との関係も歯車がかみ合わなくなってくる。手持ちのわずかな金を強盗に奪われた夜、男は女と口論になり、彼女は部屋から出ていった。出ていっても行くあてはない。男もそれを知っているのだ。こうして長い長い夜が始まる……。

 恋人たちの一晩のすれ違いを描いたドラマ。これは一種のラブストーリーとも解釈できるのですが、ここにあるちっぽけな「愛」を取り囲む環境はあまりにも過酷だ。「愛」によって何かを成し遂げようという映画ではない。他に何も頼るものがないから、主人公たちは最後に愛に戻ってくるのだ。主人公たちがお互いの間にある愛情を確認して終わる映画だが、これはハッピーエンドなのだろうか。荒海に投げ出された人間が、小さな漂流物にしがみついて何とか生き抜こうとする姿を見ているようで、映画を観ていても息苦しくてしょうがない。主人公たちはジタバタしない。もがかない。そうすることで、余計な体力を消耗してしまうことを避けようとするかのように。しかし彼らは溺れかけている……。それまでしがみついてきた「愛」が信じられなくなったとき、彼らはそこを離れて別の生き延び方を探してみようとする。でもそれは見つからない。ふたりは大量の水を飲まされた上に、またもとの「愛」に戻ってくる。

 長回しの多用と、粒子の粗い画面、必要最小限にまで削り取られた台詞。映画のテーマには夢も希望もない。これで2時間半もあるんだから、ちょっとたまらない映画です。僕にとっては拷問に等しかった。こういう映画が好きな人もいるんでしょうけど(この監督の前作『フロスト』は海外の映画祭で賞を取っています))、僕はまったく受け入れられない。そもそも長回しが駄目。クローズアップにするとき極端に画面の粒子が荒れるのは、そこだけ画面をトリミングしているためか、あるいはそこだけ別のカメラで撮影しているのか……。その作為的な手法が、結果としては長回しの緊張感を殺いでいる。テオ・アンゲロプロスの下手くそな模倣のようで、観ているあいだ中、ずっと不愉快でしょうがなかった。

 この映画と同じテーマを同じストーリーで描くにしても、映画のタッチを変えれば1時間半の作品になります。この映画はしかし、あえてこうした描写スタイルを選び取っている。これは確信犯。長回しも、粗い画像も、台詞の排除も、監督がやりたくてやっていることだし、その徹底した描写スタイルには一点の揺るぎもない。つまり監督はこの映画を、自分の意図通りに仕上げている。あとは観客が、そうした監督の意図を受け入れられるか受け入れられないかだけなのです。

 ドイツ映画です。最近『バンディッツ』『ラン・ローラ・ラン』『ノッキン・アット・ヘブンズ・ドア』などでドイツの娯楽映画が注目されていますが、こういう作家性の強い映画を作っている監督もいるんですね。

(原題:Abendland)


ホームページ
ホームページへ