地獄

1999/09/21 東宝東和一番町試写室
カルト映画監督・石井輝男がオウム事件を完全総括。
本物を越えた生々しさすら感じる。by K. Hattori


 昨年『ねじ式』が公開されたばかりの石井輝男監督が、連続幼女誘拐殺人、オウム事件、毒入りカレー事件など、世間を騒がせた実際の犯罪を映画化してしまった。石井監督は過去にも『明治・対象・昭和 猟奇女犯罪史』で、阿部定事件や小平義雄、高橋お伝などを映画化しているし、『実録三億円事件・時効成立』という映画を撮ったこともある。しかし今回は、まだ裁判中の事件を映画化するという暴走ぶり。しかも犯人を映画の中で正面から断罪し、地獄に送り込んで鬼たちに拷問させてしまうのだ。なんと責められるのは犯人だけではない。凶悪犯罪の弁護団も、まとめて地獄に送られてしまうのだから恐れ入る。しかしこの映画、あまりにも内容が過激だということで一般劇場での上映めどが立たず、公開劇場がポルノ映画館になってしまいました。

 日本では昔から「死ぬと閻魔様の裁きを受ける」「悪いことをすれば地獄に堕ちる」「嘘つきは地獄で舌を抜かれる」などと言われ、こうした死後の責め苦に対する恐怖感が、日常のモラルを支えていた面がある。お寺には屏風に描かれた地獄変があり、そこには八大地獄や八寒地獄の絵が毒々しい絵柄で描写され、和尚さんが詳しく解説してくれたものだそうな。石井監督の『地獄』は、まさにそうした地獄絵の延長上にある映画だ。ここにあるのは単純明快な因果応報律。現世で罪を免れた人間も、あの世では必ず罰を受けるというルール。石井監督は昨今の凶悪犯罪に義憤を感じ、この映画を作ったという。こうした地獄図は、現代にこそ必要だろう。

 とは言え、これは説教臭い映画ではない。映画は冒頭から石井テイスト全開。地獄の亡者役でアスベスト館のダンサーたちが大挙出演するのはもちろんのこと、スタジオのホリゾントがばればれのセット、安っぽい特殊メイクと大量の血糊を使った拷問シーン、チープながら精密なミニチュアなどB級テイストも満載だ。閻魔大王役は、これが42年ぶりの邦画出演だという前田通子。一番スゴイのはゲスト出演の丹波哲郎。彼が『地獄』に出るからには霊界がらみかと思ったのだがさに非ず。石井映画ファンなら泣いて喜ぶ「あの役」での登場です。

 1時間41分の映画のうち、半分以上を占めているのがオウム事件。この事件を真正面から映画化したのは、もちろん石井監督が最初。作りは安っぽいしキワモノなのは確かだが、この映画を観ると、事件が意外にも早く風化してしまっていることに驚く。あれほどの凶悪犯罪だったのに、この映画を観て「そういえばこんなこともあったっけ」と思い出すことが多いのです。オウム真理教の倒錯したミニ国家ぶりを、これほど見事に描写したのも、この映画が初めてだと思う。オウムという教団のでたらめさや滑稽さ、いかがわしさや安っぽさも、この低予算映画の安い美術費にピッタリとマッチし、リアルなセット以上に本物らしい雰囲気を生み出している。この映画ほど痛烈にオウムの本質を射抜き、批判したものは今までになかったはずだ。これは現代人なら必見です。

*『地獄』が上映された上野の映画館は、この映画の上映から一般映画を上映するロードショー館「上野スタームービー」になった。


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