迷宮のレンブラント

1999/06/24 東宝東和試写室
若い天才贋作画家が巻き込まれた陰謀と殺人事件。
贋作を作る場面がものすごく面白い。by K. Hattori


 天才的な腕を持つ若い贋作画家が、巧妙な美術品詐欺をめぐる殺人事件に巻き込まれるミステリー映画。主人公ハリー・ドノバンは、一流画家の作風を完璧に模倣し、存在しない原画をゼロから作り上げてしまう天才的な贋作画家だ。もともとは自ら画家を志していたのだが、彼の名前で描かれた絵は1銭にもならず、贋作だけが高値で取り引きされている。ある日彼のもとに、韓国の金持ちに売りつけるためレンブラントの絵を描いてほしいという依頼が舞い込んでくる。レンブラントは真贋の鑑定が特に厳しく、一流の腕を持つハリーにとっても難しい仕事だ。しかし多額の報酬にひかれ、彼はこの仕事を引き受ける。贋作画家としての生活に疲れはじめていた彼は、この仕事を最後に贋作の世界から足を洗おうと考えていたのだ。ところがハリーの描いたレンブラントの出来映えがあまりに素晴らしかったため、欲を出した依頼者はこれをオークションに出品しようとする。事前の鑑定でもほとんどの学者が「真作」の太鼓判を押したが、ただひとりこれを贋作と見破った女性鑑定人がいた……。

 原題の『Incognito』というのは「匿名の」という意味で、身分の高い人間がそれを隠すこと。「お忍び」とか「微行」と日本語訳することもある。この映画では、画家として一流の腕を持ちながら自らの名前では仕事をせず、贋作仕事の中に自分の本当の姿を隠しているハリーと、世界的に高名なレンブラント研究家でありながら、それを隠してハリーと愛し合ったマリーケの双方を指して『Incognito』と表現している。映画のテーマは、ハリーが「匿名性」を捨てて自分自身を取り戻すことにある。主人公と父親の関係も、この映画の大きなモチーフ。こうした「匿名性」と「父子関係」はマリーケにも共通することなのだが、この映画ではもっぱらハリーの側にばかり肩入れし、マリーケについては単なる脇役で終わらせてしまったのが残念。彼女をもう少し掘り下げて行くと、人間ドラマに厚みが出ただろうに。売れない画家を父に持った贋作画家ハリーと、高名な学者である父の威光で仕事をしているマリーケの対比が、この物語のキーポイントであったように思われる。

 ミステリーとしてはポイントが曖昧だし、無実の男の逃避行としてもサスペンス色が希薄。20年前のジョン・バダム監督であれば、こうはならなかっただろうに。ただし、贋作をどのように作り、どのように市場に流通させるかというエピソードは面白かった。レンブラントの使ったキャンバスや絵の具を復元し、制作過程を完璧になぞり、ススをまき散らし、オーブンで焼いて、数百年を経た古びた感じに仕上げて行く。どうせならこの過程をもっと丁寧に描いて、主人公が数百年の時を隔ててレンブラントと向かい合う雰囲気が出せるとよかった。

 主人公ハリーを演じたのは『スピード2』のジェイソン・パトリック。野に埋もれ、世をすねる天才画家の荒々しさを、彼が意外にも好演している。マリーケ役のイレーヌ・ジャコブは、どうでもいいや……。

(原題:Incognito)


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