ワイルド・パーティ

1999/04/27 東宝東和一番町分室試写室
スターを目指してロサンゼルスにやってきた少女たちの恋と冒険。
1970年に製作されたラス・メイヤーの代表作。by K. Hattori


 ソフトポルノの巨匠としてカルト的な人気のある、ラス・メイヤー監督の代表作。1970年に大メジャーの20世紀フォックスで製作され、日本でも公開された話題作。プリントが古くて全体に赤褐色に変色していたのが、非常にもったいない。これはピカピカのニュープリントで観たかった。そうすれば、堂々たる20世紀フォックスのファンファーレとその後の展開のギャップがもっと際だっただろうし、最後のハッピーエンドでもさらにハッピーな気分になれただろう。そして何よりも美しい女性ヌードが、目の覚めるようなシャープさでスクリーンに映し出されたことだろう。

 ラス・メイヤー監督は、映画を金儲けの手段と言ってはばからない人だ。この映画も、もちろん金儲けのための要素がたっぷりと詰まっている。映画を大衆に売るためには、高級にしてはいけない。むしろワイドショー的な低俗さとわかりやすさが必要だ。そして、勧善懲悪の要素とハッピーエンドさえあれば、映画は必ずヒットする。この映画の物語は単純明快。田舎から出てきた3人組の女の子バンドが、ロサンゼルスで恋の大冒険をする。ロック、ダンス、マリファナ、ドラッグ、フリーセックス、同性愛、レイプ、自殺、殺人事件など、センセーショナルな要素がてんこ盛り。わずか1時間48分の映画なのに、次から次にドラマチックなエピソードが登場して、しかもそれによって物語が力強く鍛えられて行く。

 僕はこの映画を観たあと、「これはディケンズの小説だ」と思ってしまった。個性的な登場人物が織りなす、さまざまな人生模様。そこから得られる様々な教訓。登場人物のひとりひとりに用意されている、分相応なエンディング。「二都物語」のフランス革命を'60年代のセックス革命に置き換えると、『ワイルド・パーティ』になるんじゃないだろうか。この映画の中に登場するのは、どれも旧来のモラルでは御しきれない新しい若者たちです。しかし最後の最後にこの映画を支配するのは、若い男女が結婚して幸せになるという旧来からの価値観であり、同性愛者は悲惨な死を遂げるという、同性愛者に対する差別を前提とした安心感なのです。新しい風俗やファッションを映画に取り込みながら、この映画の構造そのものは非常に古くさい。そのミスマッチな感じが、この映画の魅力になっているのだと思います。「茶髪のコギャルがじつは親孝行だった!」というのと同じ感覚とでも言えば、何となく雰囲気が伝わるかな……。

 冒頭のバンド演奏シーンなど、音楽が関わる部分はすごくよくできている。バンドメンバーとマネージャーが、車でロスを目指す場面は、メンバーたちが車のなかで1曲歌い終わると目的地に着いているという、まるでミュージカル映画のような急展開。これは上手い。さらにバンドがプロデビューするくだりで、演奏シーンにマネージャーやメンバーの表情を次々にオーバーラップさせる演出もすごい。思い出の曲を演奏中に、上から人が降って来るというのも……。とんでもない映画です。

(原題:Beyond The Valley of the Dolls)


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