日本大侠客

1999/03/29 東映第1試写室
鶴田浩二が実在した侠客の青年時代を演じるが貫禄ありすぎ。
藤純子が鉄火肌の芸者・お竜を好演している。by K. Hattori


 明治期に活躍した北九州一番の大親分、吉田磯吉の若き日々を描いた仁侠映画。この映画が作られた当時、磯吉の息子にあたる人が若松の市長をしていて、撮影にも非常に協力的だった……、と俊藤浩滋プロデューサーの「仁侠映画伝」には書いてあるのだが、若松は昭和38年に門司・小倉・戸畑・八幡と合併して北九州市になっている。というわけで、この映画が作られた昭和41年当時は、既に若松市もなければ、若松市長もいなかったはずなのです。若松は北九州市の中で区政を施行しているので、それと勘違いしたのかもしれない。

 監督はマキノ雅弘。主演は鶴田浩二。この映画は、俊藤プロデューサーの娘でもある藤純子が大抜擢されて、一躍売れっ子になった作品としても有名。映画の中で藤純子は鉄火肌の芸者・お竜を演じてピストルをぶっ放すが、これが後の『緋牡丹博徒』へとつながって行く。マキノ監督は『緋牡丹博徒』シリーズを1本も撮っていないのだが、間接的な生みの親になったというわけだ。この映画は後に大映でマキノ監督自身がリメイクし、勝新太郎主演の『玄界遊侠伝・破れかぶれ』になった。鶴田浩二と勝新では、キャラクターがまるで違うのだが……。

 俊藤プロデューサーはこの作品を「マキノの親父には名作傑作が数々あるけど、これはまちがいなくその一本だと思う」と言っているのだが、僕の見立てはちょっと違う。確かに面白い映画なのだが、この映画の鶴田浩二は最初から立派すぎると思うのだ。幼い頃から定職に就かず、朝鮮に出稼ぎに出ても無一文で帰ってきたあげく、料亭に嫁いだ姉の居候になっている磯吉。彼はあちこちから借金をして姉や義兄に迷惑をかけているものの、それでもどこか憎めない人間的魅力の持ち主です。ところが鶴田浩二が磯吉を演じると、貫禄がありすぎて、彼の思慮のなさが、じつは裏で何か考えがあってのことのように見えてきてしまう。磯吉の魅力は、先々の利益や欲得抜きに、人を助けたり振る舞ったりすることなのでしょうが、鶴田浩二がそれを演じると、好意の底に何かしらの打算が見え隠れしているように感じられるのです。

 磯吉が芸者お竜と将来の約束をしながら、姉の死がきっかけで別の女と所帯を持つくだりも、「お竜さんには後から謝ろう」という言葉が冷淡に聞こえます。情に動かされて、にっちもさっちも行かなくなった人間の苦しみが、鶴田浩二の余裕綽々の芝居からは伝わってこない。お竜が戻ってきたとき、「さあ、殺しなさい」と白刃に背を向ける場面も、同じような余裕が感じられて、本当に彼女の前に命を投げ出しているようには見えない。

 ひょっとしたらそんな点が気になって、マキノ監督はこの映画をリメイクしたのかと思ったら、どうも違うみたい。『玄海遊侠伝/破れかぶれ』の頃の大映は金がなくて、手っ取り早く映画が作れる企画を探していたようです。マキノ監督はこのリメイク版について、オリジナルで藤純子が演じていた役を演じる安田道代が非常によかったとほめている。そちらも観てみたいな……。


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