ハイ・アート

1999/03/24 メディアボックス試写室
10年前に姿を消した写真家と偶然知り合った女性編集者。
話のアイデアは面白いが踏み込み不足。by K. Hattori


 ニューヨークで写真雑誌「フレーム」の編集アシスタントをしているシドは、夢と野心にあふれる24歳の女性。ある日、アパート天井からの水漏れがきっかけで、彼女は上の階に住むルーシーという女性と知り合う。ルーシーの部屋に飾ってある、おびただしい数の写真。その素晴らしさに感銘を受けたシドは、彼女の写真を「フレーム」で取り上げられないかと考える。シドはルーシーの生活ぶりにも興味を覚え、同年輩のボーイフレンドからは得られない刺激を感じ始める。若いシドは知らなかったが、じつはルーシーこそ10年前に突然姿を消した伝説の写真家だったのだ。シドはルーシーと同性愛的な恋愛関係に落ちて行くが、同時に担当編集者として、ルーシーの仕事ぶりにも目を光らせなければならない立場に追い込まれて行く。

 これは複雑な三角関係の物語だ。主人公のシドとボーイフレンドのジェームズ、伝説の写真家ルーシーの三角関係。主人公のシドとルーシー、彼女の恋人であるグレタの三角関係。さらに、シドとルーシーの恋愛関係に、写真雑誌というビジネスが介入してくる。話は面白そうだし、エピソードもいかにもありそうなリアルさに満ちているのだが、映画そのものはあまり面白い仕上がりにはなっていない。野心や欲望、恋愛感情と嫉妬が入り組んで、葛藤のドラマがいくらでも起きそうなものなのに、それぞれの思惑が衝突すると、互いに足踏みしてそれ以上前に進まなくなってしまう。例えば、シドのルーシーに対する感情は、編集者としての野心と恋愛感情の混合物だが、途中からこのふたつは利害が対立し始める。恋愛を優先すれば仕事が先に進まず、仕事を優先すれば恋愛が犠牲になる。この時、シドはどうしたか。ふたつの感情の間で、ただ無駄に足踏みをしていただけだ。

 伝説の写真家、その恋人のドイツ人女優、写真家の部屋に集まるドラッグ仲間たち、受付嬢あがりの雑誌編集長、業界通ぶった顔をしたがる編集者など、多彩な顔ぶれが存在感たっぷりに描かれているのに、それぞれが自分の持ち場から動かず、人間と人間がぶつかり合うドラマが生まれてこない。シドとルーシーの関係を掘り下げて行くにしても、ふたりに刺激を与える外部の事件や人物を設定した方がよかったのではないだろうか。例えば、「フレーム」の編集長ドミニクを、シドが憧れる雑誌編集業界のスーパースターにしてみると、シドがルーシーとの恋愛関係と、ドミニクとの仕事上のつながりとに引き裂かれて行く様子がより強調されたと思う。

 ルーシーが仕事に復帰するにあたって、編集者が「姿を消した10年前のスタイルで行こう」とやたら強調していたのがリアルだった。クリエイティブな仕事をしている人は、自分の過去のスタイルを捨てて、次々に新しい仕事にチャレンジして行く。しかし商業主義は、売れることがわかっているひとつのスタイルに固執するのだ。晩年の黒澤明も作品を撮るたびに、『七人の侍』や『用心棒』を引き合いに出されていたっけ……。

(原題:HIGH ART)


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