今宵かぎりは・・・

1999/03/09 TCC試写室
夫婦生活の日常なんて、何の刺激も変化もないものです。
ピンク四天王、サトウトシキの最新作。by K. Hattori


 「ピンク四天王」として一部のファンから熱狂的に支持されている、サトウトシキ監督の最新作。もともとは国映製作、新東宝配給のピンク映画で、映画の冒頭には『新・団地妻/不倫は蜜の味』というタイトルが出る。『今宵かぎりは・・・』という題は、5月に銀座シネパトスで上映する際のタイトル。ピンク映画の体裁だと情報誌などで新作として取り上げてくれないため、苦肉の策としてこうしたことをするのでしょう。どっちにしろ、観に行く人は限られていると思いますが……。

 郊外の団地に済む二組のサラリーマン夫婦を主人公に、平穏で安定した生活を求めながら、その一方で性的アバンチュールに惹かれて行く微妙な心理を描きます。主人公たちは、30代半ばの子供のいない夫婦という設定。夫婦それぞれが結婚前に別の異性との恋愛経験を持ち、結婚後も幾度かの浮気騒ぎを起こしながら、今の平和でくつろげる生活を築いている。今さら結婚生活を壊すつもりはないのだが、浮いた話を聞けば人ごとながらうらやましく思い、野次馬的な好奇心が首をもたげる。結婚生活そのものに、大きな刺激はない。かといって結婚以外の場所に、刺激を求めようとするのもおっくうなのだ。もっとも、自ら刺激を求めに行くのは面倒だけど、向こうから勝手に来るのは拒まないけどね……。倦怠期と言うのも大げさな夫婦生活の日常風景が、かなりリアルに取り込まれている映画だと思います。夫婦のセックスをテーマにした、東映の『義務と演技』より数段面白い。

 この映画の主要モチーフは夫婦のセックスと、夫婦外でのセックスです。これはもともとピンク映画という枠組みの中で作られた映画だから、避けては通れないところ。しかし、この映画の中のセックスは、主人公たちの人生や生活にどんな価値観の変化も生み出さない。夫たちが若い女と浮気しようと、妻が昔の恋人とセックスしようと、結婚という場所だけは盤石なのです。セックスによって人間の本質的なものが揺らいで行くポルノとは、このあたりが大きな違いになっている。この映画には、「セックスレスの時代」のセックス観はこんなものかもしれない、という奇妙なリアリティがあります。

 ここでは「隣の家では特上ロースですき焼きをしている」という話題と、「隣の家では一晩に3回もセックスする」という話題が、まったく等価なのです。セックスが人間の本質的な部分と密接に結びついているという前提が、この映画にはまったくない。「浮気はもうたくさん。俺は今の生活を守ることが一番大事だ」と主人公のひとりが口にしながら行動がそれを裏切っていたとしても、それによってその人物の人間性は少しも傷つかない。会社の帰りに焼鳥屋で一杯飲んで帰るような感覚で、若い女とホテルに入ってセックスする男たち。宅急便を装った男にレイプされた女も、むっくり起きあがって黙々と食事をすれば、たちどころにもとの日常に復帰してしまう。日常生活恐るべし。平凡であることの強さがここにある。脚本は『CLOSING TIME』の小林政広。


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