ワラー最後の旅

1999/02/15 TCC試写室
思い出を守るため鉄道保線作業を続けた男の生涯。
1988年製作の旧西ドイツ映画。by K. Hattori


 1988年製作の旧西ドイツ映画。同年のバイエルン映画賞と、翌年のドイツ映画批評家賞を受賞し、カンヌ映画祭の国際批評家週間にも招待された作品です。なぜこの作品が、今この時期に日本で公開されるのかはまったく不明。公開劇場がシネマ下北沢単館。いい映画だとは思いますが、この映画を誰が観るんだろうか……。

 人生の大半を鉄道の保線作業員として過ごした男の物語です。保線作業が機械化されて昔ながらの保線作業員が次々リストラされる中、主人公ワラーだけは、会社の方針に反抗してただひとり保線作業を続ける。周囲からは「変わり者」「頑固者」「怒りっぽいから近づかない方がいい」と言われているワラーは、会社からの辞令受け取りを拒絶し、50年間続けた保線作業を黙々と続けている。業を煮やした会社は、彼に引導を渡すべく重役を派遣。ワラーはそれを無視し、たったひとりで自分の仕事と人生に幕を引くため家を出る。線路の枕木を一歩一歩踏みしめながら、彼の心は現在から過去へ、そして未来へと旅をするのだ。打ち捨てられて草ぼうぼうになった廃線の上を歩きながら、ワラーは“過去の自分”と共に最後の仕事を黙々とこなして行く。

 これは一種のロードムービー(歩くのが線路の上だから、さながらレール・ムービーかな)ですが、主人公の相棒が「青年時代の自分」というところがユニーク。現在の場面はカラーで、回想シーンになるとモノクロになるのは定番の演出ですが、この映画ではそれをシームレスにつなげることで、主人公の中では思い出が今も生き続けていることを表している。少年時代の思い出、青年時代に起こった戦争、結婚することなく終わった生涯唯一の恋。こうした思い出は、すべて鉄道の線路につながっている。鉄道の時代が終わり、自動車が全盛になったとしても、彼の人生は鉄道と共にある。

 年老いた主人公の歩くレールは、既にまったく使われていないものばかり。枕木に刻印された年号から、それが50年以上前のものであることがわかる。この映画に列車が出てくるのは、主に回想シーンの中だけだ。ワラーの保線作業は、彼自身の思い出を守るために行われているかに見える。その思い出の中核となるのが、戦死した級友の恋人だったアンゲリカとの激しい恋。鉄道を捨てて別の仕事を選ぶことをせず、かといって鉄道会社内での出世も捨てて、もっとも自分らしい仕事として鉄道保線員を続けたワラー。彼はその貧しさゆえに、裕福な工場主の娘アンゲリカとは、ついに結婚できなかった。彼の手元に残されたのは、アンゲリカの忘れ形見である一人娘ロジーナだけだ。生まれてすぐに母を亡くしたロジーナは、当然母親を憶えていない。アンゲリカの思い出は、ワラーの心の中だけにある。だがそれも、ワラーがこの世を去ればすべて失われてしまうだろう。

 無口なワラーを演じるロルフ・イリヒの存在感が、この映画を盤石なものにしている。ワラーが去って行く道は、エメラルドの都に続いているようにも見える。

(原題:Wallers letzter Gang)


ホームページ
ホームページへ