龍門客棧

1999/02/04 BOX東中野
女剣劇の行き着く先にある、びっくり仰天のクライマックスとは!
キン・フー監督が'71年に製作した代表作。by K. Hattori


 香港映画『ドラゴン・イン/新龍門客棧』としてリメイクされたことのある、キン・フーの傑作チャンバラ活劇。宮廷を牛耳る悪徳宦官の陰謀で処刑された大臣。その遺児たちは遠方に流刑になるのだが、宦官は子供たちの復讐を恐れて、悪名高い諜報組織・東廠の強者たちを追っ手に放つ。流刑者一行が途中立ち寄る龍門宿で、彼らを待ち伏せにしようとする東廠の面々は、警備の兵や他の泊まり客を皆殺しにして、獲物の到着を待ちかまえる……はずだった。しかし、宿の主人を訪ねてきた旅の剣士が居座り、旅姿の剣客兄妹がたどり着くに及んで、龍門宿は敵味方入り乱れる戦場へと変貌するのだった。

 僕は以前にリメイク版の『ドラゴン・イン』を観ているが、『ドラゴン・イン』は基本的なストーリーを踏襲し、舞台になっている龍門客棧(粗末な宿屋みたいなもの)のデザインなども、うりふたつにできているように感じた。『ドラゴン・イン』は東廠と秘密救出隊に宿の女主人も加わった、三つ巴の駆け引きが中盤の見どころだが、『龍門客棧』は単純な正義と悪の戦いになっている。女剣士の恋情も、『ドラゴン・イン』では「元恋人同士」という設定にしたためストレート。しかも女剣士役がブリジット・リンだったので、大人の色気がありました。『龍門客棧』の女剣士は、まだあどけない少女の面影がある若い女で、たまたま出会った剣士に強く心を引かれながらも、それをあまり表面に出すことなく淡々と彼に従って行く。この「秘めたエロス」がなかなか色っぽくて、僕はこっちも大好きです。

 この映画はストーリーもチャンバラも見事なのですが、日本映画には翻案不可能なものでしょう。この物語では、悪党が「宦官」であることがミソなのです。宦官は子供が作れないので、自分が殺した大臣の子供たちが成長して、自分に復讐することを恐れている。自分が年老いて死んでも、殺した相手の子孫の血の中に、相手は生き続ける。宦官はそれが許せない。素朴で根元的な「血統」に対する恐怖です。大臣の遺児というのは、この映画の中ではまったくクローズアップされることのない木偶の坊。にもかかわらず主人公たちが命がけで彼らを守るのは、やはり遺児たちの身体に流れる大臣の血を尊ぶからでしょう。宦官は大臣の「血」を滅ぼすために暗殺者を送り、主人公たちは大臣の「血」を守るために戦う。日本で同じような話を作ったとき、はたしてこの映画と同じ「血」だけで、登場人物たちの行動が合理的に説明できるでしょうか。たぶん、何か別のものに置き換えないと、話が成り立たなくなってしまうと思う。

 この映画の殺陣は、どれもよく考えられていて見応えがあります。映画の製作は1967年なので、『座頭市』シリーズなどからの影響がありありと見えます。ダッタン人兄弟の居合い斬りパフォーマンスで、火のついたロウソクを放り投げて一瞬で斬り、火のついたロウソクのカケラが刃先に乗ったまま燃え続けるのは、名作『座頭市あばれ凧』からの引用でしょう。

(原題:龍門客棧 Dragon Gate Inn)


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