ヴァージン・フライト

1998/12/24 東宝第1試写室
ヘレナ・ボナム・カーターとケネス・ブラナー主演の恋愛ドラマ。
芝居の妙味で最後まで観せてしまう。by K. Hattori


 自殺未遂まがいの事件を起こして裁判所から120時間の社会奉仕活動を言い渡されたリチャードは、MND(運動ニューロン疾患)という難病を患うジェーンの話し相手をすることになった。わがままで皮肉屋のジェーンに手を焼くリチャードだったが、これも裁判所の規定なので仕事から逃げ出すわけには行かない。ジェーンの方はどういうわけかリチャードが気に入って、彼にあれこれと無理難題をふっかける。やがて彼女がリチャードに投げかけた最大の難題。それは「生きているうちにロスト・ヴァージンしたいから相手になってくれ」というものだった。リチャードはこれを断るのだが……。

 MNDという病気は『ヒューゴ・プール』にも登場した病気で、現在でも病気の発生原因や有効な治療法がまったくわかっていないらしい。意識や知覚は最後まで正常なまま残りながら、少しずつ全身の運動機能が麻痺して行き、最後は呼吸すらできなくなって死に至る。一般的に、発症から2〜5年で死亡する例が多いようだ。この映画の主人公ジェーンは、既に全身が麻痺していて動かすことができず、会話にも障害が出始めている末期患者。MND患者は“ライトライター”という人口発声機を使うのだが、気の強いジェーンはなかなかこの機械を使わず、自分の口で話し続けようとする。主演のヘレナ・ボナム・カーターは、特製の金属板を口の中に入れて、MND患者特有の喋り方を再現している。

 この映画では、会話が不自由なジェーンが自分の口で喋る部分と、ライトライターを使って語る部分の使い分けがアイデアになっていて面白い。「私とセックスしてほしい」と自分の口では言いにくいのでライトライターに喋らせるのだが、相手に断られたときの返事まで機械に登録してあるのが、何ともおかしく、何とも切ない。きっと彼女はこの告白をするにあたって、何度も何度も想定問答を繰り返したに違いないのです。

 ジェーンとリチャードの過去については、断片的にしか語られていない。リチャードがなぜ画家を廃業したのか、なぜ恋人とうまく行かなくなったのかなど、映画の本筋に関わる問題もバッサリとカット。映画を観る側は、描かれている断片的なシーンから、描かれていない部分を想像するしかない。こうした「過去のいきさつ」を割愛したことで、現在あるジェーンとリチャードの関係だけがクローズアップされるという効果があるのだが、僕個人としては、もう少し過去に触れた方が親切だと思う。ジェーンとの関係を通して新しい人間に生まれ変わるリチャードの姿は、「過去との決別」なしにはあり得ない。「過去」が見えないままそれと決別するリチャードを見せられても、最後に腑に落ちない部分が残る。

 ヘレナ・ボナム・カーターは、気が強くて、ちょっと性格が悪くて、でも可愛い女性を演じるとうまい女優。『鳩の翼』もよかったが、僕はこのジェーン役の方がいいと思う。彼女はリチャード役のケネス・ブラナーと、私生活でも目下交際中(らしい)。う〜む、ラブラブだ。

(原題:The Theory of Flight)


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