デルス・ウザーラ

1998/11/07 渋谷公会堂
東京国際映画祭/ニッポン・シネマ・クラシック
今世紀初頭のシベリアを舞台に探検家と猟師の友情を描く。
黒澤が唯一実現できた海外製作映画。by K. Hattori


 黒澤明が衝撃的な自殺未遂事件の後、ソ連に招かれて作った文芸大作。昭和48年から準備が始まり、完成して公開されたのは2年後の昭和50年だった。『赤ひげ』以降の黒澤作品では、おそらく最もスケールの大きな作品であり、黒澤明が『トラ・トラ・トラ!』や『暴走機関車』でのハリウッド進出に挫折したこともあり、これが唯一、海外での製作作品となっている。(『影武者』『乱』『夢』などには海外の資本が入っているが、撮影は日本で行われている。)公開当時の日本での評価も高く、キネ旬ベスト・テンの外国映画部門で5位。しかしこの映画を高く評価したのはむしろ海外で、製作元のソ連ではモスクワ映画祭金賞、アメリカのアカデミー賞でも外国映画賞を受賞している。

 物語の舞台は、今世紀初頭のシベリア。ロシアの軍人アルセーニエフは、極東地域の密林を探検中、少数民族ゴリド人の猟師デルス・ウザーラに出会う。アルセーニエフはデルスに道案内を頼み、ふたりの友情がスタートする。物語の語り手はアルセーニエフですが、主人公はデルス・ウザーラその人。語り手の目を通して、森の中で自然と一体になって暮らすデルスの人となりが、じつに豊かに描き出されています。原作はアルセーニエフが書いた探検記で、デルスも実在の人物だという。ところがアルセーニエフを英雄視しているソ連の人たちは、準備段階でこの映画の主人公がデルスであることを知って少し不満だったらしい。もっとも後で賞をあげたくらいですから、完成した映画には大満足なのでしょう。

 結論だけいえば、僕はこの映画が非常に気に入った。映画の途中で、幾度か感激して涙が出そうになるところもあった。この映画には黒澤明のよい面が、きわめて抑制された形で現れている。文明世界から来た壮年の探検家アルセーニエフと、森の中で文明から切り離されて暮らすデルスが出会い、そこで生まれる友情と信頼関係。大自然の猛威と、ちっぽけな人間たちの戦い。そして、晩年の黒澤の大きなテーマとなる「老い」の問題。目を見張るような活劇はないかわりに、自然と闘って生き延びようとする人間たちの必死の形相が、克明に描かれているのは見ものです。氷原の中で孤立したアルセーニエフとデルスが、周辺の枯れ草を刈って即席のテントを作り、九死に一生を得る場面のモンタージュなど、見ていて手に汗握るスリルがあります。ちなみにこの場面は、10日間かけて撮影されたそうです。

 年長の教師と若い男という関係は、黒澤映画の中では定番のモチーフですが、この映画には「教師」「生徒」という関係性が希薄です。主人公たちの間には、どんな利害関係も社会的なつながりもないのですから……。映画を観た後、アルセーニエフとデルスが、なぜ友情で固く結ばれたのかをいろいろと考えてみた。結局ふたりは、初めて会った瞬間から、純粋に相手のことが気に入ったのでしょう。だからこそ、森の中でアルセーニエフとデルスが再会する場面は感動的なのかもしれません。

(英題:Dersu Uzala)


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