アンナ・マデリーナ

1998/10/14 東映第1試写室
金城武主演の切ないラブストーリー。僕は最後に泣いてしまった。
脚本は『ラヴソング』のアイビー・ホー。by K. Hattori


 金城武主演の切ないラブストーリー。恋することの辛さや、恋を失うことの苦しさを味わったことのある人なら、この映画に共感すること請け合いです。僕も人並みには恋もし、失恋もしてきたので、この映画にはたっぷり感情移入してしまいました。特別上手な映画じゃありません。むしろぶっきらぼうで、ギクシャクしたところも目立つ映画です。でも僕はこの映画に好感を持ちます。

 監督は美術監督出身のハイ・チョンマンで、映画監督としてはこれがデビュー作。脚本は『ラヴソング』のアイビー・ホー。片思いのときめきや、恋が成就する喜び、恋愛中の高揚感など、恋愛映画で必ず描かれる定番の描写をすべて排除し、恋に対する不安、破局の予感、恋を失った悲しみなどを丹念に描いている。かといって、これは「悲恋物語」でも「メロドラマ」でもない。何度失恋しても人が恋をするのは、恋がそれだけ素晴らしく魅力的だから……。そんなテーマが、エピソードの向こう側から見えてきます。『ラヴソング』で泣けなかった僕も、今回はラストシーンで泣いてしまいました。

 金城武が演じているピアノの調律師チャン・ガーフの部屋に、偶然知り合ったヤオ・モッヤンが転がり込んできて、男ふたりの同居生活が始まります。モッヤンは自称小説家ですが、実際には定職に就かないまま、ギャンブルで食っているような男。間もなくふたりの部屋のすぐ上に、下手なピアノを弾く若い女モク・マンイーが引っ越してきた。ガーフは彼女に一目惚れしてしまうが、同室のモッヤンは彼女のピアノがうるさいとケンカ腰。ところがそうこうするうちに、モッヤンはマンイーと親しくなって、ガーフはひとり部屋に取り残される……。

 物語を要約すれば「好きな人に告白できない間に、友人に目当ての女の子を取られてしまう話」ですが、この映画が描こうとしているのは、そんな表面的なストーリーではない。ここで描かれているのは、「伝えようとして伝えられなかった気持ち」そのものなのです。ガーフのマンイーに対する気持ち、マンイーのモッヤンに対する気持ち、ガーフに好意を持っている太ったウェイトレスの気持ち、そして映画の後半に登場する、女性編集者の編集長に対する気持ち。すべては相手に伝えられることなく、それぞれの胸の中にしまい込まれてしまう。

 相手に思いを伝えないのは、必ずしも臆病だからじゃない。本当に相手のことが好きだからこそ、伝えられない気持ちだってあるのです。自分の生き方として、そうすることができない人だっているのです。恋はいつも幸せな気持ちとペアになってはいない。伝えたい気持ちを飲み込んで、苦しんで、我慢して、歯を食いしばっているしかない恋だってある。そんな恋を知っている人なら、この映画の登場人物がみんな好きになるはずです。

 タイトルは、大作曲家J・S・バッハが妻アンナ・マデリーナのために作曲した「メヌエット」にちなんだもの。「メヌエット」は、ポップスにアレンジされた「ラバーズ・コンチェルト」の原曲です。


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