アイ ウォント ユー

1998/10/02 日本ヘラルド映画試写室
マイケル・ウィンターボトム監督最新作のテーマは「愛と恐怖」。
最後は全身の毛が逆立ちそうなこわさ。by K. Hattori


 殺人罪で服役していた青年マーティンが、事件のあった故郷の町に戻ってくる。彼の目的は、かつての恋人だったヘレンに会うこと。だがヘレンには新しい恋人がいる。マーティンも町に戻ってきたものの、ヘレンに会うことをためらう。静かな緊張感が漂う中、ある夜ついに二人は再会し、そこから物語は破滅に向かって一直線に突き進んでゆく……。精力的に作品を発表し続けているイギリスの若手監督、マイケル・ウィンターボトムの最新作。この監督は1作ごとに作品のスタイルを変え、しかもそのどれもが高い完成度で破綻がないという恐るべき人。個人的に印象に残っているのは『日陰のふたり』ですが、先日観た『ウェルカム・トゥ・サラエボ』もいい映画だった。こうして次々と水準以上の作品ばかり作っていると、いったいどれがこの人の本当持ち味なのか、どれが彼の代表作なんだかわからなくなってくる。

 今回の作品も、今までの彼の作品とはまったく毛色の違った映画になっている。殺人事件がエピソードの中核になっている点では、デビュー作『バタフライ・キス』みたいなところもあるし、運命的な男女の絆を描いている点では『日陰のふたり』や『GO NOW』にも通じるかもしれない。でも、中心にあるテーマやストーリーの語り口は、今回の映画に固有のものだ。

 ウィンターボトム監督は、映画の出演者を毎回ガラリと変えてしまう。それも、彼の映画の表情がいちいち異なって見える原因。今回ヘレンを演じたレイチェル・ワイズ、マーティン役のアレッサンドロ・ニヴォラなどは、ウィンターボトム作品に初出演。スモーキー役のラビナ・ミテフスカは『ウェルカム・トゥ・サラエボ』にも出演しているようだが、他のメンバーはほとんどが新顔だ。こうして映画の表面を見ている限り、ウィンターボトムの映画には固定メンバーがいないようにも思えるのだが、じつはスタッフ・ワークの部分で、製作のアンドリュー・イートン、編集のトレヴァー・ウェイト、音楽のエイドリアン・ジョンストン、衣装のレイチェル・フレミングなどと組むことが多く、これらがいわばレギュラーの「ウィンターボトム組」になっているらしい。

 今回の映画はヘレンとマーティンの過去がミステリーになっており、最後までその真相は明らかにされない。ヘレンの父親が殺され、ヘレンとマーティンが彼の死体を海に投げ捨て、犯人としてマーティンが逮捕されたのは事実だが、その背後にはいったい何があったのか……。普通この手の映画では、最後に事件の真相を回想シーンか何かで出してしまい、「これが真相だ」と観客に教えてくれるのだが、この映画にはそうした描写が皆無。真相は闇の中にあり、その闇はとてつもなく深く、暗い。ヘレンとマーティンは、ふたりしてその闇の中に飲み込まれてしまったようにも見える。そのことが殺人事件そのものより、はるかに恐ろしく思えてくる映画なのだ。愛と憎悪と恐怖がひとつに解け合ってゆく結末は、全身から冷や汗がでそうなぐらいスリリングだった。

(原題:I WANT YOU)


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