あ、春

1998/09/04 松竹第1試写室
大昔に死んだはずの父親が、ある日ひょっこりと目の前に現れた。
充実した芝居が堪能できる相米監督の最新作。by K. Hattori


 主人公の韮崎紘は30代半ばの証券マン。現在は郊外にある妻の実家で、妻とその母、それに子供の4人暮らし。趣味は庭でチャボを飼うことだ。バブルの真っ最中に証券会社に入社した紘は、不況の真っ只中で悪戦苦闘中。同僚は会社が間もなくつぶれると見越して、既に転職先も見つけてあるという。先々に対する漠然とした不安は感じても、紘はまだなんとなく今の生活を続けられるような気がしている。ところがそんな彼のもとに、5歳の時に死別したはずの父親がひょっこりと現れる……。

 監督は『お引越し』『夏の庭/The Friends』の相米慎二。芥川賞候補となった村上政彦の「ナイスボール」を原作に、ベテランの中島丈博が脚本を執筆。突然の父親の出現に驚く主人公・韮崎紘を演じているのは、『らせん』で子供を失った父を演じた佐藤浩市。その妻・瑞穂を、相米監督の『雪の断章/情熱』にも出演している斉藤由貴が演じている。この映画がすごいのはここから。突然現れた紘の父親・浜口笹一を演じているのは、黒澤映画や伊丹作品でお馴染みのベテラン山崎努。瑞穂の母親・水原郁子を演じているのは、かつての大映のスター女優・藤村志保。女手で食堂を切り盛りする紘の母を、かつて東映で『緋牡丹博徒』のお竜さんとして一時代を築いた富司純子(藤純子)が演じている。ただでさえアクの強い山崎努は、今回もものすごくアクの強い役を演じているのだが、藤村・富司の2大女優にはさまれてタジタジです。

 役者の芝居がじつにうまく組み合わさった、観ていて気持のいい映画です。娘の亭主にずけずけとものを言う藤村志保や、鈍感すれすれの神経の太さを見せる富司純子、確信犯的なずうずうしさにあぐらをかく山崎努など、ベテランたちの年輪を感じさせる芝居。徹底して受身の佐藤浩市と、家の中の波風によって逆に元気になって行く斉藤由貴が内に秘めた情熱や情念のようなもの。それらが完璧にかみ合って、ユーモラスでありながら同時に残酷な人生の断面を切り取って行きます。

 とにかく最初から最後まで、ニヤニヤ、クスクス、ゲラゲラ笑いっぱなし。登場人物たちの表情の変化やしぐさが、じつに可笑しいのです。中でも藤村志保がじつに面白い。コメディリリーフでもギャグメーカーでもないのに、彼女の行動が笑いを生み出して行きます。人間そのものが持つ矛盾や身勝手さが、そのまま笑いにつながるという面白さでしょうか。笑いの種類としては、寅さん映画などにつながるものだと思います。人間は常に、自分の都合だけを考えて生きている。自分の都合はそのつど変わるので、5分前と今とでは、相手に対する印象や態度がコロリと変わってしまう。人間は機械ではないのだから、こうした気まぐれさこそ「人間らしさ」と言えるかもしれません。この映画には、そんな人間らしい人物が大勢登場してきます。そして全員が魅力的です。

 笑わせて笑わせて、最後に泣かせるというドラマのツボにすっぽりと入った構成。僕も最後のほうで、ちょっと泣いてしまいました。いい映画です。オススメです。


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