クジラの跳躍
たむらしげるの世界

1998/08/25 メディアボックス試写室
イラストレーターであり絵本作家でもある、たむらしげるの作品を映画化。
観ているとすごくホッとする不思議な世界です。by K. Hattori


 漫画家であり、イラストレーターでもある、たむらしげるの映像世界を、CGを使ってアニメ化した作品。今回は既にビデオやCD-ROMで発表されている短編集『PHANTASMAGORIA』から、たむら氏自身が選んだ4篇と、中篇作品『銀河の魚』との併映。どの作品も空想の惑星ファンタスマゴリアを舞台にしたもので、現実と夢とが混じり合う不思議な感覚に満ちています。総上映時間1時間6分ながら、実際はその何倍もに感じられる、密度の濃い時間を体験できました。この日は各5分の短編集『PHANTASMAGORIA』から「密造酒」と「南の大陸」を上映し、23分の中篇『銀河の魚』になり、さらに『PHANTASMAGORIA』の「オーロラショウ」「虹の谷の絵の具工場」を上映して、最後に『クジラの跳躍』で締めくくるという構成。じつは『クジラの跳躍』の際、少しうとうとしてしまったのですが、これは内容に退屈したからではなく、そのまったく逆。内容があまりにも心地よいので、ついウットリとまどろんでしまった次第です。

 『PHANTASMAGORIA』は全体に「動く絵本」といったイメージでまとめられており、シンプルなBGMと一人称のナレーションで物語が進められて行く。この短編アニメ4本だけは、スクリーン全体を使わず、画面の周囲にゆったりと黒い縁取りをした体裁になっていて、それがまた、絵本を見開きで見ているような気分を盛り上げてくれるのです。人によっては、スクリーンに開いた小さなのぞき窓から、映画の舞台になっているファンタスマゴリアの様子を眺めている気分になるかもしれません。そうした効果を狙っていたのかどうかは知りませんが、この映画には似合っていると思います。

 『銀河の魚』では、星の海の上をボートがゆっくりと進んで行く場面が美しく、海の底にもうひとつの世界が広がっている場面はため息が出るぐらいファンタスティックだった。ファンタスマゴリアでは、こうした世界が幾重にも重なり合っているのです。

 今回新作として上映された『クジラの跳躍』は、ガラスの海を3DのCGで描き、そこに絵を合成した意欲作。豪華客船の上から灰色の海を眺める親子の様子をモノクロで描いたオープニングから、一転してカラフルなガラスの海に視点が移動するインパクトに惚れ惚れします。海の中の小魚をハンマーを使って掘り出したり、空中に静止しているトビウオを手づかみで捕らえる様子なども面白い。ファンタスマゴリアでは、異なる時間の流れが同時に存在します。そしてそれを誰も不思議だとは思っていない。ここでは夢の中で見た風景が、スクリーンに映し出されているような既視感があります。

 CGと言っても、手描きのペイント画面が動いているような、少しぎくしゃくした絵柄と動きになっていて、それがまた面白いのです。いわゆるジャパニメーションとはまったく異なった世界ですが、一見の価値はある作品です。工芸品のような手触りを感じさせる映画です。


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