大怪獣東京に現わる

1998/07/27 松竹第1試写室
本邦初の「怪獣の登場しない怪獣映画」はアイデア倒れ。
アイデアが面白いだけに残念だぞ。by K. Hattori


 アイデアはものすごく面白いのに、それが今一歩のところで圧倒的面白さに結びつかなかった映画。ある朝突然東京湾に現れた大怪獣に日本中が右往左往し、その様子が世界中にテレビ中継されている。福井県三国町という小さな町でも、町の話題は怪獣一色。ところがその怪獣が日本を横断し、福井県方面に少しずつ近づいてきたことから、小さな町はパニック状態に陥る。一度は危機を脱したかに見えたのだが、今度は別の怪獣が博多に上陸して、二大怪獣は琵琶湖で激突。自衛隊は怪獣にまったく歯が立たず、米軍の攻撃も蛙の面に水、やがて怪獣騒ぎは周辺国を巻き込んでゆくのだが……。

 最初から最後まで、怪獣の姿は一度も画面に出てこないのだが、それでも観客にはその姿がありありとわかる可笑しさったらない。姿が白亜紀の恐龍に似てて、背ビレがあって、体長は80メートル、口から火を吹くって、そりゃ映画会社が違うけど、日本が世界に誇る怪獣王ですよね。猛烈な速度で走るというから、アメリカから逆上陸したんでしょうか。さらに、もう一匹の怪獣はもっと露骨です。九州博多に上陸した怪獣の姿は、巨大なカメだった。しかもこのカメ、くるくる回転しながら空を飛びます。これには大笑い。『ゴジラ対ガメラ』なんて組み合わせが、まさか松竹映画で観られるとは! 繰り返しますが、この映画には怪獣の姿が一度も出てきません。怪獣は常に、地図上の矢印で表現されている。ところがこの矢印の、なんと雄弁なことか。怪獣の一挙手一投足が、この矢印だけで手に取るようにわかるのです。

 物語の構造は『ディープ・インパクト』などと変わらない。未曾有の大惨事を前にして、それに人間がどう対処するかを描いた、一種のパニック映画とも言えます。ただし、原案・脚本のNAKA雅MURAの作ったホンはアイデア倒れで、作りこみが甘すぎる。テレビ画面といえばワイドショーばかりで、普通のニュース画面がほとんど登場しないし、こうした場面で当然あるべき「首相官邸前からの中継」「官房長官の記者会見」「被害者名簿の公開」「緊急非難場所の発表」など、我々が阪神大震災やオウム事件の際見慣れた風景が登場しない不可解さは、はっきり言って「生ぬるい」という印象を持たざるを得ない。俳優陣を豪華にするより、こうしたディテールをきちんと描くことで、映画に最低限のリアリティを出して欲しかった。その方が、人間たちの馬鹿騒ぎもはるかに面白くなったと思う。

 お金をかけずに面白いことをやるアイデアなんていくらでもある。僕なら例えば、怪獣の進路予想を台風の進路予想のように地図上に示し、「ただいま怪獣は時速60キロの速度で西北西方面に進んでおり、半径2キロは放射性火炎に包まれております」とか、いかにもありそうな絵で見せるけどなぁ……。このへんは、もっと大勢で知恵を出しあって、面白いアイデアをぶち込んでほしかった。内容的には『GODZILLA/ゴジラ』などよりよほど正統派怪獣映画だっただけに、少し残念です。


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