ライブ・フレッシュ

1998/06/19 東宝第1試写室
天涯孤独の好青年が巻き起こす、愛を巡るトラブルの数々。
ペドロ・アルモドバル監督の最新作。by K. Hattori


 『神経衰弱ぎりぎりの女たち』や『アタメ』『ハイヒール』『キカ』などで知られる、スペインの映画監督、ペドロ・アルモドバルの最新作。じつは僕、彼の作品を観るのは初めてなのですが、なかなか面白く観ることができました。原作はルース・レンデルの「引き攣る肉」。映画は原作の第1章を出発点に、自由に脚色したものだそうです。バーで知合った女エレナのアパートを訪ねた青年ビクトルが、踏み込んできた刑事ダビドとサンチョと格闘の末、ダビドに銃弾で傷を負わせて刑務所に入る。ダビドは傷がもとで下半身不随の身となるが、事件がきっかけでエレナと結婚し、車椅子バスケットボールの選手として活躍するようになる。数年後、刑務所から出てきたビクトルは、彼らに復讐しようとするのだが……。

 主人公ビクトルは運の悪い男です。彼はほとんど無実の罪と言ってもいい罪状で、4年も刑務所に入れられてしまい、母親の死に目にもあえなかった。ところでこの映画では、ビクトルがキリストになぞらえて描かれているのが興味深い。1970年正月の夜に、娼婦の母親がバスの中で生んだ子供。町にはクリスマスの飾りが残り、戒厳令下のマドリードの町には人っ子ひとりいない。ところが彼の誕生を知った市長は、これを美談として母子を表彰し、市バスの永久フリーパスを贈る。これは、イエスのベツレヘムでの生誕、馬小屋での誕生、羊飼いと東方の三博士の来訪を引用したものでしょう。イエスの母親は処女のまま彼を生みましたが、ビクトルの母も結婚することなく彼を生みます。成長したビクトルは故なき罪で獄につながれます。彼は無垢な魂を持ちつづけ、暴力による復讐ではなく、愛によって周囲の人間関係を変えて行くのです。

 登場する役者たちの中では、ダビド役のハビエル・バルデムが上手い。彼は昨年日本で公開された『電話でアモーレ』にも出演していました。今回は元刑事の車椅子バスケット選手という役柄ですが、車椅子の扱いぶりも堂に入ってますし、腕から肩にかけてがっちりと筋肉を付けた体型もじつにリアル。『電話でアモーレ』ではデ・ニーロに憧れる売れない役者を演じていましたが、本人もデ・ニーロ並みの役作り根性を持っている人なんですね。知らない人がこの映画を見たら、バルデムがもともと車椅子の人のように見えるかもしれません。とにかく、登場場面の9割が車椅子なんですから……。

 ビクトルと一夜を過ごしたエレナが、シャワーを浴びる前に自分の身体についた彼の匂いを嗅ぐシーンは、ベッドシーンそのものよりもエロチックでした。この映画の本当の主人公はエレナなんですが、キャラクターとしてはちょっと弱い。ここはそれを挽回する名場面です。

 サンチョの妻クララがビクトルとの関係に溺れてゆく場面も、観ていて切なかったなぁ……。セックス体験の少ないビクトルをはじめはリードしていたクララが、やがてビクトルなしでは生きていけなくなる。悪意はないんだろうけど、ビクトルも罪作りな男だよね。

(原題:CARNE TREMULA)


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