四つの恋の物語

1998/05/26 近代美術館フィルムセンター
豊田四郎、成瀬巳喜男、山本嘉次郎、衣笠貞之助によるオムニバス。
第1話の脚本は黒澤明。第3話はエノケン主演。by K. Hattori


 昭和22年に東宝で作られた、4人の監督・4人の脚本家によるオムニバス映画。第1話「初恋」は豊田四郎監督、第2話「別れも愉し」は成瀬巳喜男監督、第3話「恋はやさし」は山本嘉次郎監督、第4話「恋のサーカス」は衣笠貞之助監督の作品だ。どの監督も、当時の一流監督ばかり。今回の個人的な目当ては第1話の「初恋」で、これは黒澤明が脚本を書いている。僕は黒澤明の全集を持っているのですが、「初恋」の脚本は未収録なので、この機会に見ておきたかったのだ。

 この作品が作られた昭和22年は、第二次東宝争議が終わって、東宝のスター俳優たちが新東宝を設立した直後。スターのいなくなった東宝は、結果的に「監督中心主義」の製作体制を組まざるを得なくなった。同じ時期に企画された映画には、黒澤明の『素晴らしき日曜日』や谷口千吉の『銀嶺の果て』がある。若い監督や俳優たちにとっては、いろいろな可能性が開けてきた時期だったのかもしれない。だがそんな日々は長くは続かない。翌年の昭和23年には東宝の第三次争議が起きた。この時は米軍が出動して陸から空から撮影所を取り巻き、「来なかったのは軍艦だけ」という大騒ぎになったのは有名な話。これによって、戦前のPCL時代から続いてきた東宝の伝統は断絶してしまう。黒澤明も『酔いどれ天使』を最後に一度東宝を離れ、大映で『静かなる決闘』を撮ることになる……。

 僕は黒澤びいきだから言うわけではないが、『四つの恋の物語』で一番面白いのは、黒澤が脚本を書いた第1話の「初恋」だと思う。「別れも愉し」は短編小説の味わいで映画的とは言いかねる。「恋はやさし」はエノケンのオペレッタが見どころで物語自体は薄い。「恋のサーカス」は謎解きミステリー仕立てになっているが、登場人物の多さに比べて時間が30分では駆け足すぎた。「初恋」は中心登場人物が4人と少なく、話はシンプルでありながら起伏に富んでいる。夫婦と高校生の息子の3人暮らしの家に、父親の友人の娘が下宿することになり、息子との間にほのかな恋が芽生えるという単純なストーリー。それをここまで情感豊かに仕上げているのは、脚本の構成の巧みさと、演出した豊田四郎監督の腕でしょう。話の展開自体は最初の5分で全部わかってしまいますが、大小のエピソードをちりばめて行くテンポのよさは、映画シナリオの教科書のようです。

 ドラマとしては第1話が面白いのですが、映画としてはエノケン主演の「恋はやさし」が見ものです。オペラ「ボッカチオ」を上演中の劇場を舞台に、エノケン扮する三流役者と、若山セツ子扮するコーラスガールの恋を描いている。戦前から数々のエノケンものを撮っている山本嘉次郎監督だけに、ステージ風景やバックステージの描写は抜群に上手い。手袋という小道具で、主人公たちの恋心を代弁させる手法も効果的。他愛のない話と言ってしまえばそれまでですが、こうした他愛のない話をきちんと作るのは、けっこう大変かもよ。


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