ダロウェイ夫人

1998/04/13 日本ヘラルド映画試写室
ヴァージニア・ウルフの原作をマルレーン・ゴリスが映画化。
'20年代のイギリスを再現した映像が見事。by K. Hattori



 この映画の原作者ヴァージニア・ウルフの作品は、サリー・ポッターが映画化した『オルランド』で、日本の映画ファンにも多少は馴染みがあるかもしれません。資料の言葉を借りれば、彼女こそ「20世紀を代表する女性作家」だそうです。それを演出するマルレーン・ゴリス監督は、『アントニア』でアカデミー外国語映画賞を受賞した、オランダ人の女流監督。原作も監督も女性で、映画の主人公も女性という、完璧な女性映画です。

 物語の舞台になっているのは、第1次大戦の余韻も残る、1923年のイギリス。今晩開かれるパーティーの準備に余念がない初老の主人公ダロウェイ夫人が、若い頃を回想しながら、現在の自分の立場を再確認するというドラマです。回想シーンのカットバックと、主人公のモノローグがやたら多いのが少し気になりました。カットバックはともかくとして、主人公の心境をそのままモノローグにしてしまう映画の終盤は、映画を観ていてすごく疲れてしまった。字幕を読みながら、主人公の細かな表情の変化を追いかけるのは、結構たいへんです。英語の台詞を生で聞き取れると、また違った印象があるのでしょうが、語学に暗い僕には辛かった。

 この映画には、主人公と直接つながりのない、セプティマスという男が出てくる。彼は大戦中に目の前で友が吹き飛ばされるのを目撃し、そのショックで精神状態が不安定になっている。映画の導入部がセプティマスから入ったことからもわかる通り、彼はこの映画にとって非常に重要な役目を果たしている。ところが、その役割が映画の最後の最後になるまで観客にわからないのは、少しもどかしく感じられます。構成やストーリーそのものを工夫して、主人公とセプティマスの接点をもっと物語の前半に持ってくるべきだと思う。

 20年代のイギリス上流社会を完璧に再現した部分は、すごいと思いました。このあたりが安っぽくなると、新劇の舞台中継みたいになりますからね。映画の中での「現在」は1923年ですが、そこから回想する過去との対比を、きちんと服装などで描き分けていたところも面白い。主人公が買い物の出ると、公園や街路もちゃんと20年代風に作ってあるのには感心しました。これは美術にすごく手間とお金をかけている映画ですよ。主人公の内面変化を追う心理劇なので、こうした外面に手を抜くと、まるっきり映画らしさがなくなります。この映画は、その点をよく知っているようです。

 老人がパーティーの準備をしながら若い頃の自分を思い出し、夜のパーティーには回想に出てきた人物が勢揃いするという仕掛けです。平凡な人生を送り、特別な幸福とも不幸とも無縁だった主人公が、自分の人生を振り返ってみる。大きな病気から回復したばかりの彼女は、自分の死というものについても考える。人間が歳を取るのは不幸なことだろうか……。この映画は最後までそれを問い続け、最後の最後に「歳を取るのも、そんなに悪いことじゃないよ」と優しく幕を閉じるのです。

(原題:MRS. DALLOWAY)



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