ベルニー

1998/03/03 ユニジャパン試写室
血が飛び散り、腕がもげ、脳髄が地面にばらまかれる……。
映画史上もっとも凄惨なドタバタコメディ。by K. Hattori



 映画の中では血みどろの殺し合いが行われているというのに、そのあいだ中、可笑しくて可笑しくて笑いが止まらない。ヘタクソなホラー映画のように、作りのアラが見える安っぽさが笑えるというわけではない。作りは至って真面目な映画です。しかし登場する暴力が余りにも過剰で、理不尽で、不条理なものであるがために、この映画の中の「殺人」はドタバタコメディに限りなく近くなっている。柄の長いスコップで家中の人間を殴り殺すとか、ピアノの上で気を失っている(死んでいる可能性もある)娘をファックするとか、切り落とした腕をダストシュートに捨てるとか、車椅子を自動車ではねてゴミ箱まで押し込むとか、至近距離からショットガンで人間の頭を吹き飛ばすとか……。おそらく脚本を書いている連中は、殺人がどうすればギャグになるか、そればかりを考えていたのでしょう。

 スラップスティックス・コメディの基本にあるのは、滑稽な動作と、派手なぶっ壊しです。この映画は、その対象として「人間」を選んだ。ピアノや家を壊すのがギャグになるなら、生きている人間をぶっ壊すことが、なぜギャグにならないと考えるのか。じつは人間を壊すのも、ギャグになるのです。主人公ベルニーと父親が、金持ちと結婚した母親を「救出」するため、家中の人間をスコップで殴り殺す場面は、スラップスティックス・コメディでしかあり得ない。この場面で笑えるか笑えないかが、この映画の評価を決定付けると思います。

 僕はこの映画をコメディ、あるいはギャグ映画だと考えているのですが、満員の試写室ではほとんど笑い声が起きなかったのが不思議です。僕はダストシュートから注射器が落ちてくるあたりで、既に笑ってましたからね。この映画に「人間性に対する問題提起」や「社会風刺」があれば、観る側も安心して笑えるのでしょう。ところがこの映画には、そうした面がほとんどない。少なくとも、目立ってはいない。こうなると、映画の中で繰り返される暴力描写を「笑ってはいけないもの」と考えてしまうのかもしれません。スラップスティックから生まれる笑いはナンセンスなものなんだから、目の前で起こるアクションがどんなに理不尽で不条理なものであったとしても、それが面白ければOKなんだけどね。

 この映画にあえてテーマを見つけるとすれば、人間の思い込みが生み出した、現状認識のすれ違いということになると思う。主人公は自分が「巨大な陰謀に巻き込まれている」と考えて疑わない。それがすべての事件のきっかけですが、規模の大小こそあれ、同じような誤解や錯誤は、誰にでも起こりうることです。主人公がビデオカメラを買う電器店の店員もそうだし、前家賃6ヵ月分を要求する不動産屋も似たようなものなのです。

 主人公は周囲を誤解し、周囲は主人公を誤解したまま、クライマックスになだれ込む。この呼吸は、しかしサブ監督の『ポストマン・ブルース』の方が上手だったかもしれないな……。書いていて、今ふとそう思った。

(原題:BERNIE)



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