蛇の道
(へびのみち)

1998/01/22 徳間ホール
娘を殺された父親が犯人に復讐する話が、いつの間にか……。
人間の心の奥にある闇を掘り返すミステリー。by K. Hattori



 和製サイコホラーの傑作『CURE/キュア』で、映画監督としての成熟ぶりを見せた黒沢清の最新作。小学生の娘を誘拐され、レイプの末なぶり殺しにされた父親が、犯人に復讐しようとする物語。しかし話は途中から二重三重に屈折し、思いもかけなかった着地点に到達する。娘を殺され、復讐という行為のためだけに、辛うじて正気を維持している宮下役に香川照之。彼を助け、時に命懸けの行動に出る塾の講師、新島役に哀川翔。香川照之が、善良そうな被害者の顔の下に潜む、狂気や暴力性を好演。哀川翔も、身の危険も顧みず宮下を助ける謎めいた男・新島を静かな迫力で演じている。

 宮下と新島は、娘殺しの犯人と思われるやくざ組織の幹部・大槻を誘拐し、廃工場に監禁して真相を問いただす。しかしそこで出てきたのは、組織の組長・檜山の名前だった。宮下はかつて檜山の下で働いていたことがあるが、檜山は彼が自分を裏切ったと考え、宮下を消そうとした。しかし宮下は逃げ、宮下の娘が殺されたというのだ。大槻の話は本当なのか? それとも命惜しさの言い逃れなのか? 真相を知るには、檜山に聞けばいい。ふたりは檜山も誘拐し、廃工場に連れてくる。こうしてふたりは、やくざ組織全体を敵に回すことになるのだ。

 誰が宮下の娘を殺したのかというミステリーは、やがて、新島は何の目的で宮下の復讐を手助けするのかという疑問にすりかわる。ふたりの行為は、生と死、ぎりぎりのところで行われている。娘の仇討という明確な目的意識を持つ宮下に対し、新島はなぜ、命をかけてまで宮下を助けようとするのか。宮下に隠れて行われる、新島の謎めいた行動が観客の前に明らかになるにつれ、この疑問はますます大きくなってくる。彼は本当に宮下の味方なのか? それとも、宮下を窮地に追い込もうとする敵なのか? そのなぞは、最後に明らかにされる。

 復讐に凝り固まった宮下が、徐々に精神のバランスを崩し、狂気に落ちて行く様子が恐い。彼の精神的緊張は、最初に大槻をさらってきた時点で最高潮に達していたのだが、大槻が事件に関わっていないらしいと知った時点で、緊張の糸はぷっつりと断ち切られてしまう。かつて自分の上役だった檜山を監禁することに対する精神的な葛藤が、宮下をますます狂気の世界に追い込んで行く。糸の切れた凧のように漂流する宮下をつなぎ止めているのは、新島に対する信頼感だけだ。しかし頼りの新島も、宮下の知らぬところで彼を裏切っていることを観客は知っている。宮下は孤立無援なのだ。

 生前の我が子が映し出されたビデオモニターの前で、検死報告書を読み上げる宮下の姿が無気味。やくざ宅を襲撃する前、「気持ちを落ち着かせたい」と言ってビデオカメラのモニターで娘の顔を見る場面もあった。この映画では、ビデオがすべてのキーを握っている。脚本は『復讐 The Revenge』で黒沢監督と組み、近作『リング』でも僕を戦慄させた高橋洋。そういえば、『リング』もビデオを巡るミステリーだったっけ……。


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