クロノス

1998/01/12 シネセゾン試写室
ハリウッドはこの映画を観て、監督に『ミミック』を作らせた。
情感たっぷりに描く現代吸血鬼の物語。by K. Hattori



 『ミミック』でハリウッド・デビューしたメキシコ人映画監督、ギジェルモ・デル・トロの本国でのデビュー作。僕は『ミミック』を観たとき、ミラ・ソルヴィーノやF・マーレー・エイブラハムのような一流俳優が、なぜこんなゲテモノ映画に出演しているのか疑問だったのですが、その一部がこの『クロノス』を観て解けたような気がします。デル・トロの作る映画というのは、間違いなくホラー映画の範疇に入る作品なのですが、作品の持つテイストには、甘く洗練された高級感があるのです。どうしてもこの手の映画は、凝ったSFXに走って俳優がなおざりになる傾向があるのですが、デル・トロ監督は出演している俳優たちの魅力をたっぷりと引き出し、フィルムに定着することのできる、バランスの取れた映画人なのです。それでいて、自分のこだわりはしっかりと守り続けている粘り強さも持っている。一流の俳優たちも、デル・トロの『クロノス』を観せられれば「この監督の映画に出たい」と思って無理はありません。

 この映画では、プロローグに登場する中世錬金術師のエピソードからして、既にただ事ではない雰囲気を漂わせている。この映画では、特に室内シーンがムードたっぷりに撮れていて、映画に独特の空気感を感じさせます。小道具やセット、メイクに凝り、光線の使い方なども上手いものです。特に小道具に対するこだわりは、この映画のキーになる“クロノス”という機械仕掛けの道具に如実に表れています。『ミミック』で顕著になった昆虫に対する指向も、この“クロノス”の中にすべて含まれている。“クロノス”が隠されている天使像の朽ちた眼窩から、ゴキブリがぞろぞろ這い出して来た時は、思わず「おお、ミミックじゃん」と思いました。

 現代に甦る吸血鬼の物語ですが、それを「中世の錬金術師が発明した不老不死の秘術の結果」と定義づけたところが新しい。ここに登場する吸血鬼は、アンチ・キリストの悪魔でも、トランシルバニアの古城に潜むドラキュラ伯爵でも、夜な夜なドライブインに集うゾンビでもない。錬金術師の秘術を受け入れ、不老不死の肉体と引き換えに、人間の生血以外を受け付けなくなった老人たちです。白く変色した異形の肉体をもてあまし、自然な死を望みながら、本能的な飢餓感にさいなまれて生き延びてしまう哀れな人間たち。彼らは不老不死ではあるが、傷つけば痛みを感じ、人間としての倫理観も失うことはない。それが心ならずも“クロノス”によって吸血鬼になってしまった、主人公の悲劇なのです。

 1992年の製作ですから、もう6年も前の作品です。主演はアルゼンチン名優フェデリコ・ルッピ。敵役は『ロスト・チルドレン』や『エイリアン4』のロン・パールマン。ルッピ演じるおじいさんと幼い孫娘の絆が、物語にホームドラマとして奥行きを与えています。パールマンと叔父の敵対関係を存分に描くことで、逆に主人公を囲む家族の温かさや別れの寂しさを、しっとりと浮き彫りにしているのです。


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