忠烈図

1997/12/05 ユニジャパン試写室
16世紀の中国沿海を荒らしまわった倭寇を討つべく立ち上がった7人。
中国風にアレンジされた一大チャンバラ絵巻。by K. Hattori



 胡金銓(キン・フー)監督が1975年に撮った香港映画。明朝後期の16世紀、中国沿岸を荒らしまわる海賊・倭寇に手を焼いた朝廷は、武術に優れた将軍に命じてその鎮圧に乗り出す。海賊退治をテーマにした香港映画には、ジャッキー・チェンの『プロジェクトA』という大傑作がありますが、この映画はそのルーツとも呼ぶべき作品ではないでしょうか。クライマックスで、討伐チームの精鋭が海賊の本拠地に乗り込んで戦うという展開も同じだし、『プロジェクトA』に出演していたジャッキー・チェン、サモ・ハン・キンポー、ユン・ピョウなども出演しています。中でもサモ・ハンの活躍ぶりがすごい。倭寇の首領・博多津に扮して、最後に大チャンバラを見せてくれます。

 この映画には、日本のチャンバラ映画の影響が露骨に見えます。また、香港と日本の映画制作スタッフの交流ぶりも垣間見える。海賊の本拠地にある道場のような場所に、なぜか梅宮辰夫や室田日出男と書いた名札がぶら下がっていたりして、僕としては非常に気になった。最初は香港スタッフのお遊びかとも思ったのですが、それならもっとメジャーな名前を書きそうです。あれはきっと、日本から行った美術スタッフの茶目っ気に違いない。

 博多津をはじめとする日本人たちの扮装がかなりずっこけていて滑稽なのですが、当時の倭寇というのは実態として中国人がほとんどで、日本人というのは彼らのカモフラージュだった場合がほとんどだったというのです。だから扮装がずっこけているのもリアリズムだと、胡金銓監督本人はインタビューで語ってます。でも、やっぱり変だよね……。一番おかしいのはサモ・ハン演ずる博多津の白塗りメイクですが、このモデルは萬屋錦之介の「子連れ狼」シリーズと見た! 表情などが、物真似的によく似てます。でも格好が格好だから、拝一刀というより、近藤勇みたいに見えますけどね。

 この映画を胡金銓版『七人の侍』と形容することもできるのですが、これは征伐軍の精鋭が7人いることと、それらがひとり倒れ、ふたり倒れして、最後に数人になってしまうところからの連想ではないでしょうか。僕が観たところ、メンバーの個性がきちんと描き分けられているとは思えないし、小集団としての7人にはあまり魅力を感じなかった。もちろん中には忘れ得ぬ印象を残す人々もいるのですが、黒澤と比べてもしょうがないよ。

 『七人の侍』との一番の違いは、ラストシーンで「真の勝者は?」という問いかけに対して、「倭寇は滅びない」と締めくくっちゃうところです。これが胡金銓のリアリズムなんだよね。倭寇を撃退した英雄たちは左遷され、不遇の内に人生を終えて、歴史に埋没する。倭寇に脅かされ続けた朝廷は、やがて滅んでしまう。だが倭寇は滅びない……。「それじゃ彼らは何のために戦ったのさ!」という観客の声に対し、これも歴史のダイナミズムであると断じてしまう姿勢がすごい。歴史の中から彼らの姿を掘り起こした胡金銓の自負が見える場面です。


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