鞍馬天狗

1997/11/28 月島社会教育会館
嵐寛寿郎演ずる鞍馬天狗の縦横無尽の立ち回りは確かにすごい。
寛プロ製作の昭和3年作品。当然サイレント。by K. Hattori



 マキノプロのスターだった嵐長三郎が独立して自分のプロダクションを作り、芸名も嵐寛寿郎へと改めて作った第1作目。つまりこの作品こそ、大スター「アラカン」を生み出した映画なのだ。昭和3年の映画だから、もちろんサイレント。この日は女性弁士・澤登翠さんの解説付きでの上映でした。戦前のチャンバラ映画は、戦中戦後のドタバタした時代にほとんどが失われてしまい、今はスチル写真が数枚という作品も珍しくない。そんな中、この『鞍馬天狗』がほぼ完全な形で残っているのは奇跡的なことなのかもしれません。嵐寛主演による戦前の天狗映画は30本ぐらいあるはずですが、残っているのは日活時代のものを含めて数本でしょう。寛プロには山中貞雄がいて、鞍馬天狗や右門など、何本もの映画を撮っていますが、これらもすべて失われてます。

 今回観た映画は、鞍馬天狗と杉作が新選組と戦う「角兵衛獅子」。開巻早々、天狗が大阪城に捕えられているところからはじまるなど、観客があらかじめマキノ時代の『鞍馬天狗』シリーズや、大佛次郎の原作を知っていることが前提の展開になってます。昭和2年、マキノで嵐長三郎が映画デビューしたのが『鞍馬天狗異聞・角兵衛獅子』で、以降マキノで数本の天狗映画を撮っています。やがて独立して最初の映画が『鞍馬天狗』。昭和13年に日活で撮った最初の映画も『鞍馬天狗・角兵衛獅子』。その後、松竹でも身空ひばりと共演して『角兵衛獅子』を撮っている。とにかく、嵐寛と言えば鞍馬天狗であり、節目になるのは『角兵衛獅子』なのです。

 嵐寛の立ち回りがすごいという話はあちこちで聞きますが、この『鞍馬天狗』でもそのすごさは伝わってきます。テレビ時代劇などでは、画面の中央に立った主人公が、居並ぶからみが切りかかってくるのを、ひとり、またひとりと順に斬り倒してゆきますが、嵐寛の立ち回りは主人公自身が縦横に動き回る。刀も二刀を使う、つかみ掛かって投げ飛ばす、切りかかってくる敵にハイキックをお見舞いする、パンチを入れる。とにかく「斬り合い」というより、「乱闘」なのです。ただし後年の映画に比べると、見せ方に工夫がなくて、画面の変化に乏しく、終盤はやや飽きてくる。立ち回りの最中にカットをあまり割らないし、カメラがほとんど動かないのです。もう少し編集にリズムがあるといいんですけど、昭和3年の映画に注文をつけてもしょうがないですよね。

 とにかく1度は観ておきたかった映画なので、この機会に観られて満足でした。でも話の方はやや面白味に欠けたかな。これは弁士の問題も大きい。資料には「見廻組」と書いてあるのに、なぜそれを「暗殺隊」と言い換えねばならないのか疑問。またサイレント映画と言っても伴奏だけは入ってますが、これがやけに安っぽくて興醒めしてしまう。おそらく、この作品が封切られた当時は、小屋にベテランの弁士がたくさんいたし、伴奏も生だったりして、もっと面白かったんでしょうけどね……。期待が大きかった分、少しがっかりしてしまいました。


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