お墓がない!

1997/11/18 松竹第1試写室
『免許がない!』に続くシリーズ作なんだそうですが……。
アイデアがドラマとして着地していない。by K. Hattori



 『夜逃げ屋本舗』シリーズ、『OL忠臣蔵』など、現代社会を切り取るシャープな視線と良質のユーモアで、常に水準以上の作品を作り続けている原隆仁監督の新作映画だが、今回はいささか湿っぽい不発弾。スタッフ表を見ると、企画・製作は『OL忠臣蔵』と同じ鈴木光なんだけど、この人が原案も兼ねていて、脚本は大森寿美男が担当している。原監督が『夜逃げ屋』シリーズや『OL忠臣蔵』で組んだ脚本チームは、今回ノータッチです。そんなことが、作品の出来に影響しているのかもしれません。同じプロットでも、いつもの脚本家と組んで仕事ができれば、もっと面白い映画になったと思うんだけど……。監督としては不本意な仕事かもしれません。

 主演は『極道の妻たち』ですっかり恐いお姐さんのイメージが定着した岩下志麻。今回の映画が、コメディ初挑戦だそうですが、もう少し突き抜けた部分がないと喜劇は難しいかも。監督ももっと彼女をいじってしまえばいいのに、なぜかきれいにきれいに撮ろうとしている。このいじましい努力は解せない。ある程度地に足のついたリアリズムで物語が進んでいるのに、岩下志麻のアップになると、画面に紗がかかったようなソフトフォーカスになってしまうのは、大女優に対する遠慮か? そんな遠慮は、この映画に不要なんじゃないのか?

 今回の映画で岩下志麻が演じているのは、名前で客が呼べる最後の映画スター・桜咲節子。良家出身のお嬢さん女優という触れ込みでデビューして以来、一貫してそのイメージを守ってきた彼女だったが、じつは孤児院出身という秘められた過去の持ち主だった。そんな彼女が、役作りの一環としてたまたま受けた健康診断で「自分はガンで余命幾ばくもない」と勝手に誤解してしまう。そこで彼女ははたと気づいた。自分には、死んだ後に入る墓がないということに……。

 まず、彼女が自分をガンだと誤解する部分にひねりがないため、観客は「彼女の勝手な思い込みだ」ということをあらかじめ知っている。だから彼女の七転八倒ぶりがただ滑稽なだけで、少しも感情移入できないのだ。ここは観客にも「もしや」と思わせて、彼女のその後の行動に切実さを出した方がいい。また、映画スタジオの中しか知らない主人公が、ひとりで出かけた俗世間の荒波に翻弄されるというアイデアも、アイデア倒れであまり活きていない。このあたりは、使いようによって観客の爆笑を誘うエピソードがいくらでも創れそうなだけに、設定を活かしきれなかったのは惜しい。

 主人公を大女優と知らずに案内する霊園会社の平社員は、この映画の中で主人公が接する「俗世間」を代表する人物であり、現代墓事情の解説者としても重要な人物。岩下志麻とのバランスを考えて、袴田吉彦というキャスティングが適当だとは思えない。彼のキャラクターも、主人公との接触を通じて何かが変わって行かなければならないはずなのに、それがまったく描かれていない。こんな企画倒れ、アイデア倒れの映画では物足りないぞ。


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