丹下左膳

1997/11/16 川崎国際劇場シネマ1
戦前の日活映画『新版大岡政談』をリメイクした昭和28年の大映映画。
主演の大河内傳次郎が気の毒なくらい太っている。by K. Hattori



 林不忘の「丹下左膳・乾雲坤龍の巻」を原作にした、大河内傳次郎主演の『丹下左膳』は、昭和3年に日活で『新版大岡政談』として映画化されたのが最初。この時はまだサイレントだった。監督・脚本は伊藤大輔。大河内と伊藤は、前年に『忠次旅日記』を作っている黄金コンビ。『新版大岡政談』も迫力ある立ち回りで一世を風靡したというが、今は数点のスチルが残るのみで、フィルムそのものは消えてなくなってしまった。

 昭和28年に大映京都で作られたこの『丹下左膳』は、昭和3年製作の『新版大岡政談』を同じ大河内主演でリメイクしたもの。じつは前年に松竹で阪妻主演の『丹下左膳』が製作されており、それに対抗意識を燃やした大河内が「俺が本家本元だ!」とばかりに作った映画だという。監督を押しつけられたのはマキノ雅弘。このあたりの経緯については、マキノの自伝「映画渡世」に詳しい。マキノとしてはこの企画を「なんで今さら大河内傳次郎で『丹下左膳』なんだろう……」とでも思ったのではないだろうか。この時、大河内傳次郎は齢五十を過ぎてデップリと肥え太り、日活時代に颯爽と演じた痩躯の浪人姿の面影はどこにもなかった。当時の大河内について、マキノは「映画渡世」の中で『伊藤大輔先輩に見捨てられた大河内傳次郎』と書いている。図星だ!

 昭和28年版は、大河内が丹下左膳と大岡越前の二役を演じるところまでオリジナル版を踏襲してます。不良旗本鈴川源十郎に沢村国太郎、謎の剣士蒲生泰軒に羅門光三郎など、戦前からの時代劇ファンならニヤリとするキャスティング。ところが肝心かなめの大河内傳次郎が太りまくっていて、「やせ細った全身に殺気をみなぎらせる怪人」という丹下左膳のイメージには程遠い。何より、この身体では動きにスピード感がない。若い頃に比べて実際に体の動きが鈍いのも事実だけど、身体が大きくなった分、同じ動きでも小さく軽く見えてしまうという要素がある。左手1本で刀を振り回す場面など、痩せた体で振り回せば刀の重みで身体がグラグラ揺れる効果が出ますが、でっぷりと肥えた身体は刀を振っても微塵も揺るがず、なんだか子供がおもちゃの刀を振り回しているような安っぽさなのです。

 大河内が走ったり飛び跳ねたりする姿も、本人は5メートルぐらい走ったり、1メートルぐらいジャンプしているつもりなんでしょうが、映画の画面には、同じ場所でジタバタしている太った中年男が映っているだけ。戦前の姿をなまじ知っているだけに、なんだか見てはいけないものを見てしまったようで気まずくなる。映画撮影現場の気まずさについては、マキノ監督の「映画渡世」につぶさに書いてありますが、さもありなんです。

 大河内傳次郎はこの後『続丹下左膳』『丹下左膳・こけ猿の壷』を撮り上げて丹下左膳役を降り、後年大友柳太郎主演の東映版『丹下左膳』シリーズで、謎の剣士蒲生泰軒を演ずるようになる。ところで『丹下左膳』ですが、アニメにしたら面白いと思うんですけど……。


ホームページ
ホームページへ