HANA-BI

1997/10/30 日本ヘラルド映画試写室
ベネチア国際映画祭でグランプリを獲得した北野武監督最新作。
退職した刑事と妻の言葉なき会話に感動する。by K. Hattori



 北野武監督、ビートたけし主演の、ベネチア国際映画祭グランプリ作品。北野監督にとっては、『その男、狂暴につき』から数えて7本目の監督作であり、『ソナチネ』以来4年ぶりの主演映画となる。海外で賞をとったからといって、それがすなわち映画の優劣を決めることにはならないと思うのですが、今回の『HANA-BI』は間違いなく傑作と言ってしまって構わないでしょう。

 今回の映画は、今までの北野映画の集大成とも言うべき作品になっています。職務中に同僚を目の前で殺された刑事が、退職した後やくざから金を借りて妻と旅に出る話です。退職した刑事が事件を起こすという話は、『その男、狂暴につき』を思い出させます。互いに愛し合っているものの、ほとんど会話らしい会話がない夫婦の姿は『あの夏、いちばん静かな海』の若いカップルを連想させます。夫婦ふたりでどこまでもあてのない旅を続ける姿は、『ソナチネ』に通じるものでしょう。こうして今までの作品群を引用しているとさえ思える映画でありながら、『HANA-BI』は今までのどんな北野作品とも違った作品になっている。北野武監督は、デビュー作以来の自作をなぞってみせることで、自分自身と正面から向き合っているように思えます。

 映画からは「映画のための虚飾」とでも言うべき、突出した表現が姿を消し、ひとつひとつのシーンは磨き抜いた鋭利な刃物のようにキラキラと輝いている。回想シーンを多用した映画の構成は複雑ですが、観ていて混乱するところはひとつもない。この映画を時間順につなぐと、おそらく2時間を優に超える上映時間になったと思うのですが、回想シーンを巧みに使って、1時間43分というタイトな映画に仕上げたのは見事です。これは編集段階で、かなりの試行錯誤があったはず。粘って粘ってここまでの映画にした監督はすごいですね。

 一部マスコミに、『マルタイの女』の披露パーティーで津川雅彦が述べた「北野武は役者を育てていない」といったコメントが載っていましたが、こうした批判は事実に反します。北野武の映画からは、白竜、大杉漣、寺島進といった俳優たちが出てきている。(豊川悦司も北野映画に出てます。)こうした無名の俳優たちだけでなく、例えば今回の映画の岸本加世子のように、既存の俳優を使うのもうまいのが北野武です。もちろん、俳優ビートたけしを誰よりもうまく使いこなしているのが北野武監督であることは、今さら言うまでもありません。

 半身不随の刑事堀部が劇中で描いている絵は、すべて北野監督が描いている絵です。ビートたけし演ずる西と、大杉漣演ずる堀部は、北野武の思い描く男の二面性を現わしていることがわかります。同じ事件から人生の意味を問い直したふたりの男のうち、ひとりは妻子に逃げられても生き抜き、ひとりは妻とともに死への旅に出る。このふたりの男の対比が、じつに効果を生んでいます。

 主人公夫婦のささやかな描写に感動します。僕は映画を観ながら、何度も涙が出てきて仕方ありませんでした。


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