男はつらいよ
寅次郎ハイビスカスの花
[特別篇]

1997/10/23 松竹第1試写室
未練がましく[特別篇]など作るから、かえってグロテスクになるのです。
これではオリジナル版を傷つけているだけです。by K. Hattori



 主演俳優渥美清の死で幕が下ろされた『男はつらいよ』シリーズですが、興行の柱を失った松竹はこの人気作を手放せない。今回の[特別篇]は、昭和55年に製作されたシリーズ25作『男はつらいよ/寅次郎ハイビスカスの花』をリニューアルしたもの。冒頭の、いつもなら寅次郎の夢が入っている部分を、甥っ子満男の登場する新しいシーンで埋めています。タイトルバックに流れるテーマ曲を八代亜紀に歌わせ、劇中の音楽も大編成のオーケストラにアレンジし直し、満男の語りの場面に寅次郎の幻影をCG合成するなど工夫はしていますが、物語の中身はオリジナルのまま。こうした「音楽」「CG」「新作カット」で旧作を新作と同様の興行ルートに乗せるのは、アメリカで大ヒットした『スター・ウォーズ《特別篇》』と同じ手法なんですよね。松竹としてはそれにあやかろうとしたんでしょうが、残念なことに『スター・ウォーズ《特別篇》』は日本じゃ興行的に惨敗だったんですよね。ヒット作のひそみにならったつもりの松竹の前には、何やら暗雲がたれこめてます……。

 僕はこうした旧作リバイバルを否定はしたくない。だけど今回の『男はつらいよ/寅次郎ハイビスカスの花[特別篇]』に関しては、「なんで〜?」という疑問を抱かざるを得ませんでした。成長して出張で全国を回るセールスマンになった満男が、同じように全国を回り歩いている伯父寅次郎を思い出し、「そういえば、こんなことがあったよなぁ……」と回想シーンに入るというアイデアは悪かないけど、今回の映画に関しては、満男登場のプロローグ/エピローグと、それにはさまれた形の本編の馴染みが、いかにも悪すぎる。

 そもそもなんで『寅次郎ハイビスカスの花』なんだ? この作品がシリーズ屈指の名作であることはファンなら誰しもが認めるところでしょうが、だからといって、寅次郎最後の作品である48作『寅次郎紅の花』に続いて、リリーの話を持ってくる理由がわからない。エピソードの連続性から言えば、満男にとってのリリーの思い出は『寅次郎紅の花』の方が強いはずなんだから、映画の中でまるきりそれを無視してしまうのは不自然だと思うけどな。どうせリリーでやるなら、リリーが登場した4つのエピソードを全部バラバラに解体して再構成するぐらいの気概を見せてみろと言いたい。それができないまま、『ハイビスカスの花』にちまちま手を加えてお色直しするのはキモが小さすぎる。(ま、肝が小さいからこその寅次郎リニューアルなんだけどさ……。)

 寅次郎はもういません。渥美清が死んだと同時に、映画の中の車寅次郎も死んでしまったことを、観客はみんな知っている。松竹は山田洋次に、『虹をつかむ男』という寅次郎の追悼映画を作らせてもいる。今や寅次郎の死を知らないのは、満男をはじめとする寅屋の人々だけなのです。CGで合成された寅次郎が、僕には幽霊に見えてしまいました。残された者の未練が、寅を死なせてくれないのです。いい加減に彼も成仏したかろうに……。


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