CLOSING TIME

1997/10/01 ユニジャパン試写室
トム・ウェイツの同名アルバムから生まれたひとりの男の放浪記。
ゲイの青年を演じた北村康がすごくいい。by K. Hattori



 家を失った中年男の放浪を、4つの小さな物語として描いた作品。各物語の冒頭には、モノクロームの小さなエピソードが挿入されており、効果的な場面転換の役割を果たしている。プロデュース・脚本も兼ねた小林政広の監督デビュー作だが、長年脚本家としてテレビや映画の世界でキャリアを積んできた経験を活かし、巧みな演出ぶりで小さな映画をきっちりとまとめている。4つのエピソードは演出がかなりタイトな感じがするが、モノクロームのショートストーリーはその反動のように、役者主体の伸び伸びとした芝居になっていて面白い。この極端な組み合わせが、映画に独特のリズムを生み出している。個々のエピソードに直接の連続性はないものの、登場人物や小道具で少しずつつながりを出している。

 主人公の男は有名な映画脚本家だったが、ある事件をきっかけに家と仕事を捨てて放浪の生活に入った。女たちの部屋を泊まり歩き、酒場で夜を明かし、ある時は路上で眠る生活。彼の才能に惚れ込んで仕事を依頼してくる者もいるが、彼はそれらの依頼をすべて「書けないんです」という一言で断ってしまう。男は深く傷ついている。その傷が、男から積極的に生きる力を奪ってしまった。男の通う酒場のマスターはそんな男の過去や心の傷を知っているが、時に声を荒げ、冷たくあしらいもする。このマスターも、過去に負った心の傷を抱えながら生きている男なのだ。

 4つのエピソードの内、最初のふたつは主人公の男が出会う「女」との物語。3つめのエピソードが「男」との話で、最後のエピソードでからんでくるのも「男」。女たちの中をさまよい、男によって生きる力を取り戻した男は、結局最後まで女を待ち続けて生きる。4つのエピソードを、それぞれ「起」「承」「転」「結」と読み替えることも可能だろう。もっともドラマチックに展開するのは3つめのエピソード。北村康が演ずるゲイでエイズでホームレスの若者と主人公との邂逅が、主人公の心に劇的な変化を生み出して行く。北村康は『岸和田少年愚連隊・血煙純情編』で主人公のライバル、サダを演じて鮮烈な印象を残した若手俳優。この映画でもすごく繊細な役柄を演じて印象的です。この機会に憶えておいてもいい名前かもしれません。

 数々の映画で渋い脇役として活躍してきた深水三章が、主人公の男を好演。骨太の彼の芝居がなければ、この映画は各エピソードごとにばらばらにほぐれ、分解してしまったかもしれません。彼の芝居を受け止めるバーのマスター役、中原丈雄との掛け合いがメインになる4つ目のエピソードは、他の3つとは違ってゆったりした時間の流れを感じさせる仕上がり。

 映画のタイトルは、トム・ウェイツの同名アルバムから取られたもの。「OLD SHOES」「I HOPE THAT I DON'T FALL IN LOVE WITH YOU」「LONELY」「LITTLE TRIP TO HEAVEN」などの章タイトルも、アルバム中の楽曲タイトルから取られているが、映画中で曲は使用されていない。


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