英国万歳!

1997/09/30 松竹第1試写室
18世紀末のイギリスで実際に起った国王発狂事件の顛末。
ジョージ3世を演じたナイジェル・ホーソンが見事。by K. Hattori



 1788年のイギリスで、国王ジョージ3世が突然発狂した歴史的事実をもとに、1991年にロンドンのロイヤル・ナショナル・シアターで上演された『THE MADNESS OF GEORGE III』。映画『英国万歳!(THE MADNESS OF KING GEORGE)』は、原作戯曲を書いたアラン・ベネット自身の脚色、舞台を演出したニコラス・ハイトナーの監督で1994年に作られた作品だ。

 ニコラス・ハイトナーは、96年にアーサー・ミラー原作の『クルーシブル』も映画化しているが、もともとはシェイクスピア劇や『ミス・サイゴン』『回転木馬』などの演出で知られる舞台演出家。『英国万歳!』が映画監督としてのデビュー作だそうですが、自分で舞台も演出していた作品だけに、芝居の演出は手慣れたもの。絵作りや場面転換のテンポも、舞台と映画の違いを心得た仕上がりになっている。『クルーシブル』は他人の作品だったせいか、演出に堅苦しさが見えましたが、『英国万歳!』にはそうした固さがあまりない。舞台は舞台、映画は映画ということで、存分に素材を料理している気がします。台詞が多い場面や芝居の細かなニュアンスがクローズアップされる場面では、原作が「舞台劇」であることを感じさせますが、映画全体を通してみると、きちんと1本の映画になっている。舞台作品を映画化した『ベント/墜ちた饗宴』や『アメリカン・バッファロー』などの「舞台作品臭さ」に比べると、はるかに映画としてこなれた表現になっています。

 国民から敬愛され、あらゆる権力の中枢として機能する国王の姿を序盤でたっぷりと見せ、狂気にとらわれた王が奇妙奇天烈な行動を見せる場面とのギャップを際立たせます。清廉潔白な性格と人懐こい茶目っ気を持ち合わせているジョージ3世の行動が、徐々に抑制を失い、常軌を逸脱して行く様子が見事です。「ちょっと変だけど、単なるはしゃぎすぎ程度かな……」という行動が、ある瞬間を境に完全な「狂気」へと突入する様子が事細かに描かれる。映画の後半は、王の庇護を受けていた首相一派と、時期国王の座を狙う皇太子とその取り巻きたちが政治ゲームを繰り広げるエピソードと、昨日までの国王が「治療」と称して奴隷か囚人のように扱われるエピソードが並行して描かれます。

 国王という最高の権威が、狂気の発作によって最低の存在へと貶められるという振幅の大きさや、王への敬愛や尊敬の念とはまったく別の次元で、政治ゲームの争点としてしか機能していない王の立場など、皮肉なユーモアがあって面白く観られます。ただし全体に作りが上品すぎて、ブラックな笑いの「香り」はするものの、ブラックユーモアが持つ奇形的な笑いを呼ぶところまでは達していないと思いました。観ていても、笑っていいものなのかどうなのか、いまひとつ判然としないところが多い。物語にはテンポもリズムも備わっているのに、各エピソードが淡々としすぎていて、爆発的な笑いを生み出すスピード感が欠落していると思います。


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