タンゴ・レッスン

1997/09/09 日本ヘラルド試写室
サリー・ポッターの新作はタンゴを使った『イースター・パレード』。
これは完全にミュージカル映画ではないのか? by K. Hattori



 数年前に日本でも『オルランド』が公開された女流映画監督サリー・ポッターの新作は、彼女自身の体験をもとにしたラブ・ロマンス。映画のシナリオを書くためにパリに滞在する映画監督と、世界的なタンゴ・ダンサーの出会いと恋を描いている。主人公サリー・ポッターをサリー・ポッター本人が演じ、その恋人パブロ・ベロンをパブロ・ベロン本人が演じる、全編自作自演の映画。自分たちの出会いや恋焦がれる様子や痴話げんかの様子まで、つまびらかに自分たちで演じてみせるという、それだけ考えるとウンザリしそうな内容ですが、この映画が単なる個人の記念写真になっていないのは、映画が古典的なミュージカル映画をなぞってみせているからです。

 これは実話がベースになっているので、どこからどこまでが真実で、どこからが創作なのかよくわからない。でも、パートナーと別れたダンサーが、新しいパートナーとしてダンス経験のない女性を選んでしごきまくる話は、嫌でも『イースター・パレード』を思い出させます。ダンサーが昔のパートナーと踊る様子を見て落ち込むヒロインに、年配の男が警句を織り込んだ慰めの言葉をかけるあたりも同じ。パブロ・ベロンは自宅のアパートで、料理を作りながらフレッド・アステアばりのタップダンスまで披露してくれます。夜のセーヌ河岸で、ポッターとベロンがタンゴを踊る場面は、『巴里のアメリカ人』を連想させずにはおかない。この監督、かなりミュージカル映画が好きとみた!

 ポッター監督はもともと映画作りとダンスを並行してやっていた人で、初期にはダンス映画を撮っていたらしい。ミュージカル映画に当然つながりがあるわけです。長編映画デビュー作のタイトルが『THE GOLD DIGGERS』というのも、ミュージカルファンであることを忍ばせます。これって有名なワーナーのミュージカル映画と同じタイトルですもんね。新作『タンゴ・レッスン』も、全編タンゴで彩られたミュージカル映画なのでしょう。あとは歌が入れば完璧だと思っていたら、最後の最後にやってくれました。それまで普通の映画だと思っていた人にとっては唐突な場面でしょうが、僕は途中から「これはミュージカルだ!」と思って観ていましたから、この展開もすんなりと受け入れられた。面白い!

 ダンスシーンの振り付けはパブロ・ベロンが行なっています。練習場探しの最後に用意されている女性ひとりと男性3人のダンスは、振り付けも凝っているし、動きもダイナミックで面白かった。狭い練習場からドアを1枚蹴飛ばすと、一気に場所が広くなるという演出が虚を衝いています。背筋がゾクゾクしました。

 映画監督が「映画を作る映画」であり、ひねくれた恋愛映画であり、ミュージカル映画であるこの映画は、ほとんどがモノクロ映像。カラー映像の挿入方など短絡的なところもあって、映画の序盤はやや退屈でしたが、中盤以降はぐんぐん物語のピッチが上がってきて、最後は息せき切って走り切ったような爽快感で終わります。


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