ボーマルシェ
フィガロの誕生

1997/08/08 シネカノン試写室
18世紀フランスで活躍した劇作家ボーマルシェの伝記映画。
ファブリス・ルキーニの素晴らしい芝居。by K. Hattori



 主人公ボーマルシェは、ロッシーニのオペラ「セビリャの理髪師」やモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」の原作者として知られる、18世紀フランスの劇作家。フランス革命直前に上演されたこの芝居は痛烈な体制批判が大衆の喝采を浴び、一節には「フランス革命の引き金になった」とも言われているらしい。ボーマルシェは劇作家と並行して、発明家、音楽教師、国王秘書従士、裁判官、事業家、スパイ、武器商人、著作権獲得運動家、出版者、投資家、などの顔も持つ人物。単身イギリスに渡って機密文書の獲得に奔走したり、アメリカ独立戦争を支援するなど、八面六臂の活躍をした一種の怪物です。この映画でボーマルシェを演じるのは、『百貨店大百科』にも主演していたファブリス・ルキーニ。互いに矛盾する顔を持つボーマルシェという不思議な人物を、ルキーニがひとつの人格にまとめ上げています。

 公的にも私的にも様々な顔を持つボーマルシェの人柄は、下手をすると支離滅裂で節操のない人物のようにも見えてしまいかねない。こうした多芸多才な人物は歴史の本にはよく出てきますが、その全体像を生身の人間として理解することは難しい。我々凡人はこうした天才について、どうしてもある一面だけを取り上げて理解しようとし、他の側面を余録的にとらえてしまう。ボーマルシェを単純に「劇作家」ととらえると、他の面はその陰に隠れてしまうのです。でもこれは、本人にとっては不本意な評価かもしれません。

 この映画の作り手たちは、ボーマルシェの全体像を単純に解釈することを避け、個々の場面で見せる彼の言動の必然性だけを追い求めている。この映画の中のボーマルシェは、どんな場面でも突飛な行動はとらない。彼が置かれている状況の中で、彼流の最善をつくしている。それが結果として、複雑な人物像を生み出しているわけです。ファブリス・ルキーニは、この役を演じるにあたって、歴史上のボーマルシェについてあまりリサーチしなかったと言います。むしろ脚本の中のひとつひとつの場面で、ボーマルシェがどう行動するかという点にだけ集中して芝居を組み立てたといいます。結果は大成功。

 映画冒頭の人がひしめく街路の場面から、一気に映画の中に引き込まれます。舞台の稽古風景を見せて、彼が芝居の世界に新風を吹き込もうとしている様子を説明した後、使いに出した若者を通してボーマルシェの奔放な女性関係を見せる。映画の序盤に用意されている数々のエピソードはテンポもよく、まったく無駄がない。エピソードのすそ野がどんどん広がっていった後で、最後に「フィガロの結婚」の舞台上演で物語を締めくくるのも見事でした。上演を不安そうに見守り、プレッシャーのあまり劇場から逃げ出したくなる気持ち。それが客席の歓声と拍手で大きな喜びに変わる場面は感動的でした。

 ボーマルシェの妻マリ=テレーズを演じたサンドリーヌ・キベルランは、僕の見逃した『悲しみのスパイ』に出てた女優さんです。ちょっと素敵な役でした。


ホームページ
ホームページへ