私家版

1997/07/30 TCC試写室
編集者が小説家に仕掛けた華麗な復讐の罠。トリックが見事。
テレンス・スタンプの演技には魅了される。by K. Hattori



 テレンス・スタンプ主演のサスペンス映画。ヨーロッパの出版界・文学界を舞台にした、華麗な復讐の物語です。1時間24分という、最近の映画にしては短い上映時間ですが、これをテレンス・スタンプの魅力で2倍にも3倍にも感じさせる充実した内容。タイトルから復讐のトリックについてはある程度推測できましたが、この映画は復讐そのものより、その裏側にある人間の悲しみや怒りや冷たい情熱にスポットが当てられ、じつに見応えのある人間ドラマになっています。復讐のトリックにも危なげなところがなく、相手にそれと悟られることなく、じりじりと窮地に追いつめて行く様子にぞくぞくしました。このあたりはあまり詳しく感想を書くことを避けますが、冷静沈着、用意周到、大胆不敵なものです。監督・脚本はベルナール・ラップは、初監督作とは思えない手練手管で観客を魅了します。

 主人公はベテランの編集者。実際は編集者というより、エージェントに近いのかもしれない。彼は担当しているフランス人小説家から持ち込まれた新作に目を通して愕然とする。そこに描かれていたのは、30年前に自分の恋人をレイプして自殺に追い込んだ、忌まわしい事件の真相だった。犯人は今自分の目の前にいる、この小説家だったのだ。この瞬間、主人公は冷酷な復讐を決意する。相手を奈落の底に突き落として破滅させるためには、一度相手をできるだけ高く持ち上げてから落とした方がいい。相手に一瞬天国を見せ、その後地獄の底に追い落とす悪魔的計画。その方法は、映画を観てのお楽しみ。

 主人公の計画があまりにも冷酷無残なものなので、敵役である小説家の線が細いと、単なるサディスティックな物語になってしまう。その点、この映画で小説家に扮したダニエル・メズギッシュは、復讐しがいのある相手でした。己の才能を鼻にかけ、周囲を見下し、自分の利害のためなら他人を踏み付けにしても良心の痛まない人物を、メズギッシュが憎らしいほど上手く演じています。事件の真相を告白した後「自分の行為を後悔しているか」と問われ、「後悔していない。あれがあったから、僕は今度の小説が書けた」と平然と言い返すあたりは見事なものです。これだけ聞かされれば、彼がどう破滅しようと観客は安心して観ていられる。

 小さい映画ですが、映画としての魅力がぎっしり詰まった作品です。主人公の人物像が何よりも魅力的だし、周りの人物にも面白い人間が多い。主人公に難しい仕事を依頼する同僚、主人公の秘書、主人公を慕う若い女など、どの人物も明確な個性を感じさせる、生々しい人物に仕上がっている。死んだ恋人に生き写しの若い女は、主人公に復讐の無意味さを説きますが、これは彼の中にある良心の代弁者としての役回りでしょう。30年前の憾みを忘れて、人生を新しくやり直そうという彼女に心を動かされながらも、主人公は復讐を最後までやり遂げる。そうしないではいられない、彼の深い痛みと悲しみが、観ている者にしっかりと届くはずです。


ホームページ
ホームページへ