CURE
キュア

1997/07/28 松竹第1試写室
日常の水面下から浮かび上がる恐怖を描くサスペンス・ホラー。
役所広司がめしを食うだけですごく恐い。by K. Hattori



 松竹が鳴物入りで売り出しているシネマ・ジャパネスク系列の公開作には当り外れの差が大きいのですが、この作品は「大当たり」の部類。こんなに恐いサイコ・サスペンスは、本当に久しぶりに観ました。試写室の中で思わずゾッとして、そんな風にゾッとさせてくれる映画に感心して、思わずニヤリとしてしまったほど。猟奇的な連続殺人を扱った映画ですが、僕は『セブン』より遥かに恐ろしく感じます。監督は黒沢清。主演は役所広司と萩原聖人。昨年の賞とり男である役所と、チンピラの萩原では釣り合いが取れないのではとも思いましたが、これがなかなかどうして。二人の対決は見応えありです。

 萩原が演じた精神障害を持つ男という役柄は、『マークスの山』で彼が演じた役を思わせるキャラクター。そういう意味で新しさは感じないのですが、邪気のないマークスと違って、今回の役は邪悪な匂いがプンプンします。役所広司からほとばしる暴力性も、最近の彼の出演作からは感じられなかったもの。大詰めで見せるむき出しの暴力衝動には、観ているこちらがしばらく唖然としてしまった。(役所広司はこうやって「何でも演じられる」ところがあるから、やはり「役者」なんでしょうね。スター俳優としての華はない。それも今風なのです。)役者としてははっきり格下の萩原が、役所をじりじりと追いつめて行く過程に迫力があります。ぎりぎりまで追いつめられたあげく、役所の中にある暴力性が爆発する場面にも説得力がありました。

 首筋から胸にかけて、鋭利な刃物でX字型に切りつける手口の連続殺人事件。犯人はそれぞれ犯行の直後に逮捕されているが、犯人同士を結び付けるものがない。被害者にも共通点がない。犯人は犯行時の様子を克明に記憶しているが、常に動機は曖昧なままだ。役所広司演ずる刑事は事件同士を結び付ける手掛かりを執拗に探すが、捜査は困難を極める。やがて病院で発見されたのが、記憶障害を持つ若い男。男は不思議な話術で対面するものを支配する力を持っていた。

 映画を支配する不思議な力を象徴しているのが、全編に流れる音の渦。ある時は波の音であり、ある時は空の洗濯機が回る音であり、ある時は雨音だったりする低い音響が、観客の神経を逆なでし、正常な指向をかき乱す。映画に漂う濃密な空気の質感。肌にべったりと張りつくような湿度を感じさせる映像は、紛れもなく日本の風土に根差したホラー映画になっている。おそらく低予算であることから生じたであろうロケーション撮影の多用が、映画に不思議な不条理空間を出現させている。がらんとした部屋の中にひとつだけベッドが置かれた病院の内部や、小さな渡り廊下のある精神病院、無数の本で埋められた犯人間宮の部屋、生活感のない主人公の住まい。

 映画の中で一番恐かったのは、うじきつよしの部屋に突然現われた巨大なXの痕跡。必死にそれをこすり落とそうとするうじきが「全然覚えてないんだよ」と泣き笑いする場面では、背筋が凍りつきそうになった。


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