ベント
堕ちた饗宴

1997/07/23 ヘラルド映画試写室
有名な舞台作品の映画化だが、映画としてふくらました部分がない。
小さく煮固めた戯曲のエッセンスだけが残る。by K. Hattori



 「第二次大戦中のドイツを舞台に、強制収容所に送られた同性愛者の悲劇を通して人間の尊厳を描いた、有名な舞台作品の映画化」といったくくり方をされるであろう作品。オリジナルの舞台『ベント』は1979年5月にロンドンで初演。そこから一気に世界に広がり、同じ年の12月にはリチャード・ギアが主演するブロードウェイ版がスタート。2年後の1981年には日本でも薔薇座が取り上げるなど、現在までに世界中の355以上の国々で翻訳上演されているそうです。

 今回作られた映画『ベント/堕ちた饗宴』は、原作戯曲の作者マーティン・シャーマン自らが映画用に脚色。監督には舞台演出家のショーン・マサイアスがあたっています。出演しているのもほとんどが舞台俳優。美術も舞台の人。音楽が現代音楽のフィリップ・グラス。こうなると映画というより、舞台作品の映像化という雰囲気が濃厚になってくる。この映画で唯一「映画」を感じさせたキャラクターは、キャバレーの歌手を演じたミック・ジャガーのみ。他の人は全員、たたずまいといい、芝居の間といい、すべてが舞台劇風でした。

 物語がベルリンにあるナイトクラブの喧燥からはじまるところなど、ボブ・フォシーの『キャバレー』を思い出させます。内容的にも『キャバレー』の後日談的なところがある。『キャバレー』にはナチスを皮肉ったステージやゲイの芸人などが登場しますが、彼らがその後どうなったのかはぼんやりと暗示されているだけで、具体的には何も描かれていなかった。

 この映画には「レームの粛清」に始まるドイツの苛烈ななゲイ迫害の様子が、かなり克明に描かれている。収容所に送られた同性愛者たちは胸にピンクのワッペンを付けさせられ、収容者たちの中でも最低の差別を受けていたらしい。主人公が「ピンクはいやだ、黄色の方がいい」といって、ユダヤ人が胸につけるダビデの星のワッペンを欲しがるエピソードが、収容所で同性愛者たちの受ける悲惨な境遇を雄弁に物語っています。

 ナチスの収容所に同性愛者が送られたという事実は知っていましたが、中でどのような扱いを受けていたかということまでは知らなかったので、これはちょっとショックでした。ただし、この映画がやろうとしていることは、歴史の告発ではない。ゲイ版の『シンドラーのリスト』を作るつもりなら、ナイトクラブの室内をオープンセットで組んだり、コンクリート工場を収容所に見立てるといった舞台作品風の演出はしないでしょう。スピルバーグがそうしたように、もっと克明に歴史を再現しようとするはずです。でもこの映画はそうしなかった。

 僕はこの映画が描こうとしていることが何となくわからないでもないのですが、そのための手法がチグハグで、表現がこなれていない印象を受けました。意図的に現代の風景を借りているはずが、単にお金がなくてそうしているようにも見えてしまう。風景と芝居のギャップを狙うなら、もっと極端にした方がよかったと思います。


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