百貨店大百科

1997/07/04 シネセゾン試写室
セドリック・クラピッシュ監督のデビュー作はデパートが舞台の集団劇。
新任のはりきり社長が老舗デパートに喝をを入れる。by K. Hattori



 『猫が行方不明』『家族の気分』のセドリック・クラピッシュ監督が、1992年に撮った長編映画デビュー作。この規模、この内容の映画を撮っている監督が、日本でほぼ全作品紹介されるというのは珍しいのではなかろうか。この映画の翌年に撮った『LE PERIL JEUNE』にも既に『青春が行方不明』という仮題がついているから、おそらく日本で公開される予定になっているのでしょう。フランス映画の輸入本数を考えると、非常に幸運な監督です。この映画などは内容も面白いから、観客にとっても幸運な関係ですね。つまらないハリウッド映画を大量に仕入れるぐらいなら、この規模の映画をもっとたくさん上映してもらいたいものです。

 業績不振で身売り寸前の老舗デパートを、新任の社長が一流店に生まれ変わらせる物語です。伊丹十三監督の『スーパーの女』のデパート版みたいな話ですが、ここで描かれているのはデパートというハードウェアの仕組みをていねいに解説することではなく、そこで働く人間たちの小さなエピソードの集積です。主要な登場人物だけでも10数人はいるという映画ですが、人物像がそれぞれ明確に描かれているので、(名前は忘れてしまったとしても)人物の区別がつかなくなって混乱することはありません。ごく短い挿話の積み重ねで、そこに描かれている人物の全人生を感じさせてしまうクラピッシュ監督の演出力は見事。脚本もクラピッシュ自身が担当していますから、やはりこの人はなかなかの才人です。

 新社長ルプチ役のファブリス・ルキーニが素晴らしい芝居を見せます。デパート再建で一旗上げようという怪しげな野心家にも見えるし、誰よりもデパートを愛する夢想家にも見える両面性が、この役者の中で融合し、同居しています。デパートの客寄せのために次々と新企画を打ち出し、従業員に研修を行ない、自らもスピーチの特訓をするマメさ。マラソン大会で見せるはしっこさも、この人物の愛すべき一面に見えてきます。

 楽器売場主任のドレミ(楽器売場の店員として、これほど相応しい名前があろうか!)を演じたジャン=ピエール・ダルッサンは、クラピッシュ監督の最新作『家族の気分』にも、バーテン役で出演している役者。こうしてひとりひとり知っている役者が増えて行くと、映画を観る楽しみも増えますね。新入女性社員のクレールを演じたナタリー・リシャールは、『パリでかくれんぼ』でへんてこなダンスを踊っていた女性ですね。他にはあまり馴染みのない顔ぶればかりの映画ですけど……。

 社長の新方針に従って社内の人間が徐々に結束してくると同時に、それに反発したり、冷ややかな目で事態の推移を見ようとする人たちも出てくる。アメリカ映画ならここで意気に感じて全員が一丸になって最後はハッピーエンドで終るところですが、そうはならないのがフランス映画らしさでもあり、フランスが培ってきた個人主義の必然的な帰着なのでしょう。皮肉な結末ですが、なぜか観る者をハッピーにさせる映画です。


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