ロスト・ハイウェイ

1997/05/16 松竹試写室(試写会)
『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最後の7日間』以来5年ぶり。
デヴィッド・リンチの最新作は狂った魅力が爆発してる。by K. Hattori



 デヴィッド・リンチの狂った才能が塗り込められた傑作。とにかく恐い。とにかく可笑しい。とにかく不気味。とにかく能天気。両極端な描写が溶け合い、スクリーンから照射される異能のカクテル光線が、観客の脳髄を刺激する。どこをどう取り出しても、この映画はデヴィッド・リンチの映画でしかあり得ない。グロテスクにねじくれた物語。はてしなくエスカレートする脇のエピソードが成長し、本筋を侵食して行く感覚。映画にレイプされているような気分になります。レイプは大袈裟かもしれないけど、これは一種の暴力です。そしてその暴力による痛みが、たまらなく快感なのです。

 ひねくれたストーリー展開や、凝った映像、大仕掛けな音響効果で驚かせようという、安直なサイコサスペンスが大手を振るっている映画界で、リンチの才能はやっぱり特異です。この映画なんて、本当に気狂いじみてる。物語を追いかけて、どこがどう次のエピソードにつながり、出された謎がどう解決したのかを知ろうとしても意味がない。容易な回答は最初から存在しないからだ。この映画の不思議な魅力は、観客にありもしない回答を探させながら、それを一切放り出して結論に入ってしまうことにある。回答は映画の中に封印され、物語の外にいる我々に、それをうかがい知ることはできない。

 主演はビル・プルマンとパトリシア・アークエット。おおよそリンチ的な世界に縁のなさそうな二人も、画家であるこの監督の手にかかれば、奔放なイメージをフィルムに定着させるための素材のひとつ。プルマンの場違いなイメージは、不条理な世界の中に取り残された主人公の戸惑いをそのまま表現しているようにも見えるし、アークエットの度胸のすわった芝居は、観る者を震撼させるだろう。パトリシア・アークエットが、こんなに黒く禍禍しいオーラを発する女優だとは思わなかった。今までどちらかと言うと、陽気なアメリカンガールが多かったから、この落差がそもそも恐いぐらい。主人公を翻弄する宿命の女を演じて、これだけ説得力のある女優はなかなかいないだろう。胸がたれ気味だったけど……。

 リンチの映画が面白くて恐いのは、描かれている世界が、紛れもなく我々の住んでいる世界の影法師になっている点にある。『ブルー・ベルベット』で平凡な日常とアンダーグラウンドな世界の連続を描いてみせたリンチだが、今回の『ロスト・ハイウェイ』で描かれた世界は、一見したところ我々の一般的な日常からは完全に切り離されている。この世界に一番近いのは「悪夢」だろう。夢と日常は物理的には無関係だが、心理的な部分で密接なつながりを持っている。『ロスト・ハイウェイ』に描かれている世界は大きく歪んでいるが、それは紛れもなく我々の世界の写し絵なのです。

 ところで、出演者の中でもっとも異彩を放っていたのは、ミステリー・マンを演じたロバート・ブレイクではなく、ピートの父親役で登場したゲイリー・ビジーだと思う。彼ほど笑いと恐怖を感じさせる役者はないぞ。


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