目撃

1997/05/13 ワーナー・ブラザース試写室
(エスクァイア・シネマ・ナイト)
大統領の犯罪隠蔽を目撃した泥棒が、シークレット・サービスに追われる。
製作・監督・主演クリント・イーストウッドの快作。by K. Hattori



 イーストウッドはすごい役者になってきた。彼の粋な不良老人ぶりは、既にそれだけで「芸」になっている。これはもうフレッド・アステア並みですよ。僕は『タワーリング・インフェルノ』に出演したアステアが、貸衣装でめかし込み、鏡の前でちょっとポーズを取ってみせるところでしびれるんですが、『目撃』のイーストウッドもほとんどそれに近い領域に達している。彼が美術館で若い学生に混ざって熱心に絵を模写していたり、持ち帰ったスケッチブックを繰りながらローソクの明かりで食事をしたりする姿は、他の役者がやったら噴飯ものでしょう。もちろんイーストウッドがやっても十分にキザな描写なんですけど、それを嫌味に見せないのが、磨き上げた役者としての芸風なんです。

 『許されざる者』でアカデミー賞を取った後、『パーフェクト・ワールド』『マディソン郡の橋』と、あまりぱっとしない監督作が続いたイーストウッドだけど、今回の映画には『許されざる者』以上に感心させられた。大統領と愛人の痴話げんかと、その果ての愛人殺害を目撃した泥棒が、警察とシークレットサービスと愛人の夫に追われるサスペンス映画です。話の展開にはやや破綻した部分もあるんだけど、それを強引に乗り切り、息切れを感じさせない演出はさすがです。結果がどうなるかわかっていても、ちゃんとワクワクハラハラドキドキさせてくれる。例えば主人公が二人のシークレットサービスに追われて自分の車まで逃げるシーンや、オープンカフェで娘と待ち合わせしていてライフルで撃たれる場面など、次の展開が読める安心感がありながらも、それなりに手に汗握らされるわけです。

 当たり前の場面で、当たり前の演出をして、それでも観客をきちんと面白がらせるのは大変です。新しいことや、派手なことをやれば、観客はそれで驚くし、面白がってもくれる。でもイーストウッドはそんなことしない。映画を知り尽くしていないと、ここまで自信たっぷりな、正攻法で定石通りの演出はできませんよ。この映画では、主人公が娘を思いやる気持ちに泣かされちゃう。特別「さあ泣きなさい」という場面があるわけでもないんだけど、主人公が留守中の娘の部屋を訪れる場面や、彼の部屋に娘の写真がいっぱい飾ってる場面、娘が留守電に残した伝言を何度も繰り返し聞く場面、ラストシーンでの娘との会話などでついホロリとくる。まったく、観客を喜ばせるツボを心得た監督だよなぁ。

 人物の背景説明がきれいに整理されていて、余計なものがひとつもない。何しろこの映画には大統領とその愛人は出てきても、大統領夫人は出てこないもんね。エド・ハリスの私生活も、本人の「一人暮らしだ」という台詞だけで説明終わり。絵でわかるところは絵に語らせ、台詞の方が手早いところは台詞で済ませてしまう。必要最小限の説明で、各人物をふっくらと仕上げてます。ごてごてエピソードを積み上げることが豊かさだと誤解しがちな映画監督たちに、爪の垢でも煎じて飲ませたい。


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