ソリテュード・ポイント
時のゆらぎ

1997/05/04 有楽町朝日ホール
(日映協フィルムフェスティバル'97)
戦後アメリカに嫁いだ日本人花嫁の現在を描いた映画。
主人公の人物像をもっと掘り下げてほしかった。by K. Hattori



 この日の上映の2日前に編集が終ったという、でき立てのホヤホヤの映画を観ることができました。原作は吉目木晴彦の芥川賞小説「寂寥郊野」で、ベテランの新藤兼人が脚本を書いている。監督は松井久子。もともとテレビで仕事をしていた人らしいのですが、映画はこれが監督デビュー作だそうです。海外で日本人が監督した映画、しかも主役は日本人俳優ということになると、映画に一種独特の「くさみ」が出がちなんですが、この映画に関しては結構うまくなじんでました。

 朝鮮戦争当時、米兵と結婚してアメリカに渡った、日本人花嫁のその後を描いた物語です。家族の反対を押しきって渡米した彼女は、日本の家族との親戚付き合いも途絶え、アメリカで生まれた二人の息子たちも独立し、今では年老いた夫婦二人だけの生活を送っている。訴訟事件で仕事と全財産を失った夫は、自分の名誉回復を願って各方面に働きかけている。そんな中で、主人公ユキエはアルツハイマーに冒されてしまう。

 物語の舞台になっているのは、ルイジアナ州バトンルージュの町。日本から映画を学ぶために留学していた少年(服部君)が住民に射殺された事件で、一躍日本でも有名になったところです。この映画で見ると、南部の小さな町ですね。緑が多くてきれいなところです。

 主人公は日本人なのですが、物語のテーマに人種や文化の問題はほとんど描かれていません。中心になるのは年老いた夫婦二人の生活であり、息子たちとの関係であり、突然のボケに襲われながら、より強く結びついて行く夫婦の絆です。アメリカに身ひとつで渡った主人公ユキエが日本人であることを示すエピソードは、家族のパーティーに巻き寿司を作る場面や、少女時代の記憶の断片、印象的に挿入される美しい日本の風景などごくわずか。40年以上アメリカで生活し、そこに根を下ろしてしまったユキエは、最初こそ文化のギャップに苦労もしたのでしょうが、今ではすっかりその土地になじみ、アメリカ市民になったように見える。アメリカ社会の中の日本人という異物が巻き起こす話を期待していても、ここには何らそうしたエピソードが描かれない。

 ちょっといい話を描いた小さな映画です。でもその面白さは、海外の秀作テレビドラマと同程度のレベル。ここには映画としてのダイナミズムがない。ユキエの回想として描かれる日本の風景が、まるで観光案内映画のように極めて美しいステレオタイプな日本像なのは、この映画を海外でも配給しようという意図があるからでしょうか。でも日本人が観る映画としては、もっとユキエの日本人としての部分を掘り下げてほしかった。この話なら、別に彼女が中国人でも韓国人でもフィリピン人でも構わないではないか。日本人の観客が日本人の主人公に共感し、感情移入するための手掛かりが、この映画には少なすぎる。息子の婚約者の若い日本女性とのエピソードなどは、その手掛かりのひとつになり得たはずなんだけど、うまく生かせていませんでした。


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