評決のとき

1997/01/15 丸の内ピカデリー1
『依頼人』が好評だったシュマッカーが再びグリシャム作品を映画化。
法廷ドラマの枠を超えた人間のドラマになっている。by K. Hattori



 幾度か涙ぐむ場面を織り交ぜながら、あっという間の2時間半。「法廷物」というジャンルに入る映画だけど、テイストは随分と違う。事実関係は最初から登場人物たちと映画を観る観客の前に提示されており、隠された真実を究明する余地はどこにもない。主人公の弁護士がトリッキーな法廷戦術を縦横に使って、有罪を無罪に、無罪を有罪にひっくり返す物語ではありません。この映画で描かれているのは、法廷の中では普通取り上げられることない、人間の心、良心、感情、愛情です。法律は人間の愛情を裁けるのかという問いかけに、法律は答えることができない。その問いに答えを見つけるのは、裁判や法律の専門家ではない陪審員たちなのです。

 陪審員制度の問題点については、制度のない日本でもかまびすしい議論が行われていますが、この映画を見ると陪審員制度の「欠点」だけでなく、その「美点」もが見えてくる。日本人の法感覚から見ると無茶なことかもしれませんが、陪審員に対して100%情緒的な評決を期待するというこの物語に、僕は悪い印象を持ちませんでした。むしろ「なるほど、だから法廷には陪審員が必須なのだな」と思ったくらいです。

 法律の条文や判例に照らし合わせて人間の行為を裁くだけなら、機械にだってできる。そして法律の専門家たちは、得てしてそうした機械的な思考にはまり込んでしまう。陪審員たちは法律の素人ですから、素人の視点で評決を下す。もちろんこの映画で描かれているようなケースは極端でしょうが、多かれ少なかれ、陪審員には情緒的な判断が望まれているのでしょう。

 いろいろ考えさせられることの多い映画でしたが、物語自体は極めてシンプルでわかりやすいし、心を打つエピソードもテンコ盛り。出演している俳優たちも超豪華で、ハリウッドの大作映画にふさわしい。しかも、どのキャスティングもツボにはまっていて、思わずニヤニヤ笑いが出そうなほどです。

 主人公の新米弁護士ジェイクを演じたマシュー・マコノヒーは、『ボーイズ・オン・ザ・サイド』に出演していたそうなんだけど、映画を観ていた僕にもまったく記憶にない。(最後にドリュー・バリモアと結婚する警官がそう?)サンドラ・ブロックは脇役ながら、その存在感で映画の幅と主人公の人物像を大きく広げた。サミュエル・L・ジャクソンは前から上手い役者だと思っていたし好きでしたけど、この役は彼の代表作のひとつになるでしょう。敵役の検事を演じたケヴィン・スペイシーは、有能で野心的な男を快演してます。登場しただけで「こいつはデキル!」と思わせる存在感はさすがですね。

 変わり種のキャスティングと言えば、主人公の先輩弁護士を演じたドナルド・サザーランドと、被告に撃たれた男の弟を演じたキーファー・サザーランドの父子共演でしょうか。敵味方に分れた二人の関係が、法廷外の衝突を象徴しているのでしょう。意図はわかるんだけど、これはあまり生きてなかったかな。父親の影が薄いぞ。


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