お嬢さん乾杯

1996/10/13 並木座
元華族のご令嬢と修理工場の青年社長のロマンス。
昭和24年の木下恵介監督作品。by K. Hattori


 原節子は確かに美人なんだけど、小津映画を観ているせいか彼女が元華族のお嬢様と言われてもピンと来ない。原節子という女優には、もっとさばけた、庶民的な女性のイメージがあるんですね。この映画でも、お見合い場面や家族を紹介する場面での絵に描いたような清楚さや、これ見よがしのしとやかさにはあまり魅力がない。中盤以降、彼女の家族の現状や彼女の過去が残さず明らかになって、相手役の佐野周二と互角に渡り合うようになってから俄然よくなってきます。「私はどんな生活だって耐えられるんです」と言い放つ原節子の表情からは、確かにこの女性なら大丈夫だろうという強さがにじみます。

 戦後になって没落した元華族の令嬢と、地方出身ながら東京で才覚を表わして自動車修理工場の経営者になった青年が見合いし、ゴールインするまでのドタバタをコメディタッチで描いています。父親が詐欺事件の首謀者に仕立て上げられて服役中、家財道具は売り尽くし、家も借金の抵当に入って破産寸前、家の中には姉夫婦と母親と祖父母が同居。数年前に亡くなった婚約者を忘れられないまま、家族を救うために金持ちの男と結婚しようとする原節子。相手の男は教養のないがさつな新興成金。人物配置だけで言えばこれはかなり悲劇的な状況で、札びらで頬を叩くように原節子を我物にしようとする男は相当な悪党になりかねない。そこを逆転させて、男を仕事一途で純な男に設定し、むしろお嬢様を金目当てのしたたかな女性に見せるあたりが巧妙です。

 話は紆余曲折しながら、やがてふたりが本当に心と心を通わせるようになる様子を描いて行くわけですが、ここに見えるのは「結婚は両性の同意に基づき」という恋愛至上主義的な考え方です。交際の始まりは見合いでも、その中から恋愛が生まれなければならない。しかし、自分を愛してほしいと彼女に訴える男に、婚約者が亡くなって以来自分は心から誰かを愛することができなくなってしまったのだとお嬢さんは応えます。「あなたも世の中はお金がすべてだとおっしゃったじゃありませんか」と、あくまでもお金のための結婚だと言いたげなお嬢さんの言葉の裏には、亡くなった婚約者を愛し続けようという彼女なりの誠実さが隠されているのでしょう。「本当の恋は一生に一度だけ」という素朴な恋愛感がそこにはあります。

 婚約者の死に押しつぶされた原節子の心を、佐野周二の真心が徐々に解きほぐして行きます。家を訪ねて来た佐野にお茶代わりに酒を出すという小さなイタズラに、心底可笑しそうにクスクス笑う原節子の表情が印象的でした。口ではどう言おうと、この時点で彼女の気持ちは彼に大きく傾いている。でも野暮天の佐野周二にはそんな彼女の気持ちがわからない。

 彼が潔く身を引こうと決心すると、今度は原節子が彼を追いかけることになる。「花も嵐も踏み越えて」と突然『愛染かつら』のテーマ曲が流れるラストシーンは、「う〜ん松竹映画だなぁ」と変に感心させられました。


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