間諜最後の日

1996/06/06 銀座文化劇場
人物の出し入れはヒッチコック流の上手さを見せるが結末は疑問。
列車シーンは『バルカン超特急』の方が上手い。by K. Hattori


 『三十九夜』のマデリーン・キャロルが女スパイ役で登場しているのだが、キャラクターとしては『三十九夜』のヒロイン同様、冒険好きで正義感と愛国心に満ちあふれた快活な娘といったところ。スリルを求めて危険な国際諜報活動の中に身を投じながら、この映画の中で彼女はいったい何をやっているのかね。ジョン・ギールグッド演ずる英国諜報部員アシェンデンのカモフラージュ以外に、どんな貢献をしているようにも見えないんだけどなぁ。それでも後半の列車のシーンなんかは、結構いい芝居していました。

 中立国スイスにいる敵国のスパイを暗殺するため送り込まれた、英国の諜報部員の物語。要するに、007の大先輩のお話ですね。わずかな手がかりから、これぞと思う相手を絞り込んで行くミステリー仕立ての前半。疑わしい相手というのがいかにも人のよさそうな老夫婦なんだけど、夫は英国人、妻はドイツ人と状況証拠はばっちり。このあたりは同じヒッチコックの『汚名』を思い出しました。老夫婦の人の良さや無防備さの裏に、何か重大な隠し事があるように見えなくもないんだなぁ。結局これは相手を殺してしまってから人違いってことがわかるんだけど、殺された方はたまったもんじゃない。間違えて殺された側の話をクローズアップすれば、それはそれでまた別のヒッチコック映画になりそうなんだけど、この映画ではそのあたりをやけにあっさりと流してしまう。この割り切りよう……。

 チョコレート工場の機転を利かせた逃走や、その後の追跡場面、思いもかけず大がかりなクライマックスなど、後半はそれまでとうって変わってテンポよく物語が進んで行く。観光地のホテルを背景にした舞台劇風の物語が、俄然映画的なダイナミズムを持ちはじめるのですね。空軍の飛行機が列車を追跡する場面なんて、ちゃちな特撮ながらもかなり興奮させられます。絵作りがうまいんだなぁ。

 緊迫したシーンの中にユーモアを折り込んで、どこかに観客の心理的な逃げ道を用意するのは、ヒッチコックの持ち味なのか、それとも当時の映画の手法なのか。今なら後半部分はもっとギリギリまでサスペンスを盛り上げて、手に汗握る展開にするんでしょうね。ヒッチコックが同じ列車を舞台に制作したサスペンスでも、『バルカン超特急』の方が手慣れているなぁ……、と思ったらそれもそのはず。この映画より『バルカン超特急』の方が後から作られているんですね。やはり傑作は1日にしてならずだ。 主人公に同行する女たらしの殺し屋が面白いキャラクターだったけど、最後の場面は解せないなぁ。あんなところに拳銃を置いておくかねぇ。最後のケリの付け方が、いかにもご都合主義で、これまた『バルカン超特急』の軽妙さには劣るんだよね。


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