イル・ポスティーノ

1996/06/02 シャンテ・シネ2
端役のひとりに至るまで、登場人物のキャラクターが全部生きてる。
エピソードの一瞬一瞬が光っている映画。by K. Hattori


 詩人パブロ・ネルーダを演じたフィルップ・ノワレのイタリア語が露骨に吹き替えという点にさえ目をつぶれば、この映画の前半は素晴らしい。何よりもそこに映し出される風景に心を奪われるし、マッシモ・トロイージ演ずる郵便配達のマリオとネルーダが徐々に親しくなる様子も見ていて気持ちいい。マリオの父親、郵便局長、ネルーダの妻、神父、居酒屋の女将、看板娘のベアトリーチェなど、主役二人の周辺にいる登場人物もすべて生き生きと立体的に描かれている。

 祖国を追われた詩人と、彼のもとにファンレターの束を届ける臨時雇いの郵便配達人が、どうやって無二の親友とも言える関係になるに至ったか。そのあたりの描き方がじつによく考えられているし、うまい。詩人の詩作を邪魔しないように、声もかけずに門の前で立っているマリオ。そんな彼の気遣いが、詩人には嬉しい。「僕も詩人になって女の人にもてるようになりたい」と邪気なく言ってのけるマリオに、詩人は好感を持つ。「どうしたら詩人になれますか」というマリオの問いに、「入江に向かって歩きなさい」と答えるネルーダ。それをそのまま実行してしまうマリオ。彼が入江をゆっくりと歩く場面はすごく印象に残る絵になっていた。

 居酒屋でベアトリーチェに出会い、彼女に恋するようになったマリオは、詩人に「この島で一番美しいものは」とたずねられて迷わず「ベアトリーチェ」と答える。この純粋な恋心には感動すら覚える。詩人に習った隠喩でベアトリーチェを賛美し、必死に口説くマリオ。言葉の力は偉大だ。ベアトリーチェのかたくとがった表情が、徐々にほぐれてゆくところが素晴らしい。マリオの言葉に翻弄され、うっとりと上気したベアトリーチェの表情はエロティックでさえある。ああいう意志の強そうな女がメロメロになってしまう様子ってのに、男は弱いんだよな。

 映画はネルーダが祖国に戻ったところで少しだれる。詩人は故郷に戻って、イタリアのことを忘れてしまったのだろうか。ノーベル文学賞を得た詩人と市井の郵便配達人が、互角に詩と言葉の魅力について語り合った夢のような時は幻だったのか。情熱的な詩で人々の心を虜にし、人間の強さや優しさを一身にまとったような詩人は、じつは人でなしで恩知らずな男だったんだろうか。このあたりは少々ステレオタイプな描写で面白くない。

 マリオのもとに届いた手紙を見て、彼が必死に弁解する場面は見ていて辛かったが、その後マリオがネルーダの録音機で島のさまざまな音を録音する場面は素晴らしい。郵便局長が最高。ラストはこの録音テープを使って、さながら逆『ニュー・シネマ・パラダイス』のような結末を迎えるが、僕はそれよりあの子供が出てきたところで泣いてしまいました。


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