陪審員

1996/04/23 朝日生命ホール(試写会)
アレック・ボールドウィンが素晴らしいが、デミ・ムーアがいまひとつ。
裁判ものとしては駆け足で食い足りない。by K. Hattori


 アレック・ボールドウィンにしろデミ・ムーアにしろ、世の映画ファンか らはとても「演技派」とは思われていない俳優である。彼らはハリウッドに 巣くうスターの一員であり、スター映画に特有のタイプキャスティングによ って、ボールドウィンはボールドウィンらしい役を演じ、ムーアはムーアら しい役を演じることで人気が保たれている。時々文芸作に出たり悪役を演じ たりするのは、そんなお仕着せのレールに対する本人たちの反逆かもしれな いが、そうした試みはたいがい失敗する。そもそも、観客はそうした映画に 食指を動かさない。

 個人的な意見を言わせてもらえれば、僕はボールドウィンが嫌いじゃない し、彼が積極的に自分のイメージを打破しようともがいている姿は評価すべ きだと思う。『冷たい月を抱く女』『ゲッタウェイ』『シャドー』などハー ドな役柄を好んで演じる姿勢は、時に滑稽に感じるときもあるほどだ。しか しこうしたキャリアを重ねることで、彼はでくの坊のような二枚目俳優から、 少しずつ役者としての幅を広げることに成功しているのも事実だ。

 今回『陪審員』で彼が演じるのは、陪審員になったデミ・ムーアを脅迫す るマフィアの殺し屋だ。デミ・ムーアが母親役ってのも何か感慨深いものが あるけど、あの風体で芸術家ってのも苦しいキャスティングじゃなかろうか。 まぁムーアはどうだっていい。彼女は一生懸命やっているけど、今回の映画 の彼女はそれ以上の結果は生み出していない。それより今回僕はボールドウ ィンの演技を評価したい。

 ボールドウィンは普通にしていれば端正な二枚目なんだけど、目玉がガラ ス玉みたいで表情が読み切れない部分がある。そこが冷酷な殺し屋という役 柄には合っていたんじゃないだろうか。人なつっこい笑顔で女の胸元まで一 息に踏み込み、相手が心を許したとたんに裏切るというサディスト。彼は甘 い役を演じるとメロメロに甘くなるし(例:『あなたに恋のリフレイン』 『キスへのプレリュード』)、冷酷無情な役では徹底的に冷酷(例:『摩天 楼を夢見て』『冷たい月を抱く女』)。中間がないのが今までの欠点だった。 今回は両者を簡単に行き来する一種の性格破綻者だけど、こんな役はボール ドウィンにこそ打ってつけです。デミ・ムーアに裏切られたボールドウィン が電話口でぼろぼろ泣くシーンは、けっこう鬼気迫る演技でした。

 映画の難点は、サスペンス描写に切れ味がないところ。ボールドウィン迫 真の演技も、デミ・ムーアのひきつった表情も、全てぼんやりした印象しか 残さないのだ。メリハリがない演出は、スリルともショックとも無縁。話が 面白いから最後まで見られるが、いつも次の一手が読めてしまう手際の悪さ には絶望的な気持ちにさせられる。残念な映画だ。


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