ロイドの要心無用

1996/04/19 浜離宮朝日ホール(試写会)
ハロルド・ロイドの作品集がビデオ発売されることを記念しての試写会。
この傑作スリラー映画をスクリーンで観られる僥倖。by K. Hattori


 朝日新聞社が発行する9巻組のビデオ「ハロルド・ロイド作品集」の発売を記念して行われた試写会で、古典的なロイド喜劇の傑作をスクリーン鑑賞する幸運に恵まれました。題して「ロイド喜劇でびっくりしたまえ」。映画上映に先立ち、つい先日87歳の誕生日を迎えたばかりという淀川長治さんの解説講演までつくという、超豪華な催しでした。

 『ロイドの要心無用』は、大通りを見おろす時計台の針にぶら下がるロイドという、超有名な場面が含まれている1923年製作の無声映画です。故郷に恋人を残して都会に出てきた青年が、恋人への見栄から自分はデパートの重役に抜擢されたと偽りの手紙を書く。恋人はそんな恋人の姿を一目見ようと、突然ロイドが勤務するデパートを訪問。ロイドがいかにして恋人の目をごまかすかが中盤までの見どころですが、このあたりのすれ違いや取り違えのギャグは特別つまらなくも古びてもいない反面、取り立てて「すごい」と感嘆の声を上げるほどのものでもない。この手の話はチャップリンあたりの方がうまく作りそうですからね。それにこうした定番のシェチェーションギャグは、今日に至るまで連綿と作られ続けていて新鮮味もない。

 映画が俄然面白くなってくるのは、やはり終盤のビル登りのエピソード。デパート宣伝と1000ドルの賞金のため、友人の鳶職に10数階建てのビルの壁をよじ登ってもらうことを考えついたロイドだが、友人と警官のトラブルから彼自身がビルを登ることになる。途中で友人と入れ替わるはずが、思いもかけず上へ上へと登って行くロイド。途中でさまざまな悪意なき妨害に出会うのだが、どうせ最後まで登り切るとわかっていてもスリル満点。評価の定まった古典的名作傑作の多くは、後から観ると「こんなもんかなぁ」と思うこともしばしばだが、この映画の迫力はまさに本物。僕はここ何年かで、映画を観ながらこんなにハラハラしたことはない。「お願いだからその辺でやめてくれ」と、ドキドキする心臓を押さえながら祈っていました。

 この映画については特撮なしで本人自身がスタントを行っているわけですが、そこは映画ですから、やはり画面に映らない範囲にはちゃんと足場が組まれているのでしょう。でなければビルを登る主人公を、ビルの外からカメラで撮影することがそもそも出来ない。昔の映画を評して「昔は本当に命がけのスタントをやっていたから迫力が違う」と言うことがありますが、確かにこれは半分までは本当だけど、残りの半分は映画の技術というものを勘定に入れない失礼な言い方かもしれません。この映画の迫力は、巧みな場面設定と妨害のアイディアとロイドの芝居にある。仮に最新のSFXを使ったとしても、センスが良ければ同じような迫力は作れるはずです。


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