ロスト・チルドレン

1996/04/14 シネマライズ渋谷
『デリカテッセン』のジュネ&キャロが作ったファンタジー映画の傑作。
作り込まれた人工的な世界の造形に酔える。by K. Hattori



 この映画の独自性と魅力の8割までは美術セットの力にあるのだが、その魅力を言葉で伝えるのは難しい。細部まで完全に作り込まれた異世界のイメージは、この物語の持つ濃密な空気を生み出す、映画の中で最も重要なキャラクターだろう。この個性的なバックボーンなしに、謎の一つ目教団も、シャム双生児の姉妹も、ノミを使った殺し屋も、水槽の中の脳も、夢を盗む装置も、6人のクローン男も、怪力の芸人も、子供たちだけの窃盗団も、リアルな実体としては存在し得ない。

 ジュネ&キャロの映画は前作『デリカテッセン』も十分に不思議な亜空間を作り上げていたが、今回の『ロスト・チルドレン』はそれとは別次元のスケール感で観る者を圧倒する。この大作に比べると、『デリカテッセン』は小手調べの習作。スケッチとタブローの差がある。僕は『デリカテッセン』をあまり買っていなかったのだが、『ロスト・チルドレン』は文句なしの傑作だと断言できる。シネマライズ渋谷で劇場の外まで行列したのは初めてだが、この映画にはそうしてまで観るだけの価値がある。

 物語自体は単純で、一つ目教団を使って子供をさらい、夢を盗もうとするクローン人間。彼らに弟をさらわれた怪力の男ワンが、窃盗団の少女ミエットに助けられながら、弟を救い出すまでの物語だ。少し頭の弱いワンと聡明なミエットの関係から、リュック・ベッソンの『レオン』を連想する人も多いだろう。しかし一見同じように見える大人の男と少女の関係も、『レオン』のそれは偽物で、『ロスト・チルドレン』の方が本物だ。

 『レオン』のナタリー・ポートマンは、自分の復讐のためにジャン・レノを利用する。彼女がレノの前でチャップリンやジーン・ケリーの物まねをしてみせるシーンは、自分が女であることを武器に男の心を引く、娼婦のような媚態なのだ。その点、この映画のミエットとワンの関係はきちんと対等なパートナーになっているところがいい。対等どころか、むしろミエットの方が積極的にワンに接近して行くところが素敵でした。彼女はワンの弟を助けるために、命がけで夢の中に入って行きさえする。

 セットも凄かったけど、随所でさりげなく使われているCG画像のクオリティにもびっくりさせられます。夢の中の風景がぐるぐる歪んだり、同じクローン人間同士が格闘したり……。そんなCG映像の白眉は、夢の中でミエットが少女から老婆へと変貌して行く場面でしょうか。あのなめらかなモーフィングには驚きました。まさに夢の世界です。

 芝居としては、シャム双生児の姉妹が主人公たちを狙う、岸壁のサスペンスが素晴らしい。ミエットの涙が巨大な船になって戻ってくるところも凄いけど、泣きながら手回しオルガンを奏でる男が壮絶。


ホームページ
ホームページへ