座頭市あばれ凧

1996/01/02 文芸坐2
夜の闇の中に浮かび上がる座頭市の姿。夜空に舞い上がる花火。
殺陣の緩急に座頭市映画の神髄がある。by K. Hattori


 数々の修羅場をくぐり、首にたっぷりと賞金のかかった座頭市。世のやくざ連中は皆虎視眈々と市の命を狙っている。木賃宿の安畳の上で、寝苦しい眠りにつく市ににじり寄るばくち打ち。市はそんな怪しい男達より、周囲を飛び回るハエのうるささに顔をしかめる。我慢できずに飛び起きた市は、仕込み杖から長ドス抜いてスラリスラリ。畳の上にはポトリポトリと、真っ二つに叩き斬られたハエが2匹、3匹。あわよくば市を討ち取ろうと身構えていた男達は、市の腕前に思わず後じさりをする。

 宮本武蔵風のエピソードで市の超人ぶりをたっぷりとアピールした後で、場面は街道をひた走る一人の若いやくざを映し出す。この男もまた、市の命を奪うことで自分を売り出そうとしている。

 このあたりのテンポの良さは抜群。いささか強引な場面転換も何のその。威勢の良さで物語を引っ張って行く様子は爽快だ。座頭市の凄みと愛嬌のよさもいい塩梅で、荒涼殺伐とした物語にポイントを知りつくしたユーモアが厚みを加えている。子供に飴を買い与えるシーンや、子供達の助言を無視して穴に落ちる場面、盲目であるにも関わらず女の行水をのぞこうとする場面などはありきたりのギャグだが、勝新の芝居がありきたりのギャグからありきたり以上の笑いを引き出す。自分を助けてくれた娘に礼を言うため訪れた家で、出された飯をかき込むシーンは爆笑もの。敵方のやくざの家で出された飯を、部屋中にばらまく場面なども、他の役者がやれば単にいやらしくいじけた様子にしか見えないのかもしれないが、勝新がやると不思議とユーモラスに見えるのだ。最後に部屋の中に水をチャッチャッとひっかける場面なんぞは、まことに傑作なのである。

 こうしたひょうきんな場面が生きているからこそ、立ち回り場面の殺気が映える。河原で数人のやくざに襲われ川の中に逃れた市が、周りを囲んだやくざが斬りかかってくる寸前にズブズブと水中に潜り、水面下で敵の胴をスパスパとなで斬りにして行くゆったりとした静かな殺陣。さらには、やくざ出入りで陰惨な血しぶきが上がった後、戻ってきた市がドモ安一家を皆殺しにする壮絶な立ち回りの見事さ。暗闇からにじみ出るように現れた市は、数人のやくざを斬った後また闇の中に沈んで行く。光と闇のコントラストを生かしたモノトーンの映像。小さな明かりに照らされて大きく浮かび上がる市の影が、白塗りの壁にくっきりと映し出される。廊下に並べられたロウソクを一瞬に全て斬り落とした市の姿が、残されたわずかな明かりの中におぼろげに浮かぶ。居合いで斬り放ったロウソクの炎が、仕込み杖の先にチラチラと揺れる。華やかな花火と血まみれの殺陣との対比も見事。座頭市には暗闇がよく似合う。


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