午後の遺言状

1995/06/25 スバル座
監督はベテラン新藤兼人、主演もベテラン杉村春子。
乙羽信子の遺作になった映画。by K. Hattori



 乙羽信子の遺作となった作品。杉村春子演ずる老女優が、避暑に訪れた蓼科で出会うひと夏の物語だ。別荘の管理人が乙羽信子。杉村と数十年ぶりの再会をはたす、築地小劇場時代の仲間に朝霧鏡子。その夫に観世榮夫。中心になるのはこの4人で、これに女優の夫・津川雅彦、ルポライター・倍賞美津子、警察官・永島敏行、管理人の娘・瀬尾智美らが華を添える。

 全体に〈死〉のムードが濃厚に漂う映画です。でも、その中にどことなくユーモアがある。自殺した別荘の庭師のエピソード。棺の上においてある、丸い石。老女優はそのエピソードに惹きつけられる。また、別荘に突然やってくるかつての演劇仲間。夫に支えられながらやってきた彼女は、今ではすっかりぼけている。彼女をかいがいしく世話する夫の姿は痛ましくもあるが、二人の姿はどこかしら、やはりユーモラスなのだ。朝食のシーンはとても面白かった。「私が食べないと箸をつけないんです」と恐縮する夫。夫が食べはじめたのを確認してから、むさぼるように朝食をとる妻。焼魚を手づかみで食べたり、目玉焼きを箸で口に押し込んだり。決してお行儀がいいわけじゃないんだけど、すごく魅力的な食事シーンでした。食事の後に、なぜか能の稽古をするのもおかしい。すっかりぼけているはずの妻が、きりりと口を結んで、ときどき「違う違う」と夫を叱責するのもおかしかったなぁ。

 別荘にピストルを持った脱走犯が逃げ込んできて、思わぬ捕り物劇になるところも、老人たちと若い犯人とのコントラストがおかしみを生んでいた。ピストルを突きつけて性急に食事を要求する犯人と、それにスローモーに対応する老人たちの姿。「漬け物だ、漬け物出せ! 違う、これじゃない。キュウリの漬け物だ!!」なんて、ほとんど一幕の喜劇である。犯人は朝霧鏡子の思わぬ活躍で捕らえられるが、このあと彼女と犯人が再び駅で出会うシーンの、犯人の優しげな笑顔が印象に残る。

 老人たちのエピソードと対比させるように、管理人の娘のエピソードが挿入されるのだけれど、老人たちの生き生きとした描写に比べ、若者側の描き方がいかにも図式的でいただけない。川で全裸で泳ぐ場面はまだ許せるんだけど、足入式はないよなぁ。このあたりになると、「若者のエネルギッシュな性エネルギーの発露」とか「新たな生命誕生の予感」「世代交代」など、安っぽい精神分析のキーワードみたいなものがちらちらとしてしまい、いささか白けるなぁ。ま、僕も男のはしくれですから、若い女性がヌードになるシーンが嫌だというわけではないのですが、全体の中では明らかに浮いていると思うんだよね。これって新藤兼人監督の若さに対する郷愁か、もしくは単なる助平かのどちらかだと思うな。


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