夏の終り

2013/05/15 シネマート六本木(スクリーン3)
瀬戸内寂聴の自伝的小説を満島ひかり主演で映画化。
なかなか凄みのある映画だった。by K. Hattori

13051501  瀬戸内寂聴がまだ瀬戸内晴美だった1962年(昭和37年)に発表された、同名の自伝的小説を映画化したものだ。職業は藍染め作家に変えられているが、満島ひかりが演じる相澤知子は若き日の瀬戸内寂聴だ。彼女と半同棲生活をしている中年の売れない小説家・小杉慎吾を演じるのは小林薫だが、この人物にも小田仁二郎というモデルがいる。綾野剛が演じる若い愛人・木下涼太も実在するのだという。丸顔でニコニコと仏様の教えを語る現在の寂聴さんからはまるで想像できないが、これだけ壮絶な人生を送ってきているからこそ、語る話が薄っぺらにならないのかもなぁ……と感心したりもするのだった。

 物語の中心になるのは、東京郊外にある知子の自宅兼仕事場。そこに週の半分入り浸っているのが、売れない小説家の慎吾だ。彼は神奈川の自宅と知子の家を数日ごとに行ったり来たりしているが、こうした生活については妻の許しも得ているという。金持ちが二号を囲っているわけではない。貧乏小説家の慎吾が、妻のいる自宅と愛人の家をウロウロしているだけだ。慎吾は離婚して知子と結婚する気はないし、離婚歴のある知子もそんなことを求めているわけではない。しかしそんな知子のもとに、かつての駆け落ち相手涼太が訪ねて来る。慎吾との関係にある種の行き詰まりを感じていた知子は、涼太と再び関係を持ってしまうのだった……。

 原作は未読だが、物語の構成は多少入り組んでいる。知子を中心とした慎吾と涼太の三角関係に、姿を見せない慎吾の妻の存在が大きな影を落としていくという四角関係のドラマ。現在進行形のこのドラマに、涼太との馴れ初め、慎吾との馴れ初めなどが、断片的に挿入されていく。この時間の入れ子構造が、映画終盤で少しわかりにくくなっているのが残念。映画を観ていても、それがいつの話なのかわからなくなってしまう時があるのだ。

 物語の時代背景は昭和20年代から30年代にかけての10数年間を扱っているが、当時の風景を加古川と淡路島のロケーション撮影で再現している。印象に残る風景は、何度も繰り返し画面に登場する坂道。これだけ繰り返し登場するのだから、おそらく映画の作り手たちもこの場所が気に入っているのだろう。人物が別れ別れになる時、左右に別れて画面の外に出て行くのではなく、人物関係が上下になって距離が開いていくという絵が面白い。昔の日本映画には坂道の風景がよく出てきたようにも思うのだが、最近の日本には絵になる坂道があまりないのだ。そういえば黒澤明も坂道が好きで、セットの中に土を盛って坂道をこしらえたりしていたものだ。この映画の坂道には、そうした古き良き日本映画の伝統を感じる。

 満島ひかりはまだ若いのに早くも大女優の貫禄を見せている。上り坂の若手俳優綾野剛や、大ベテランの小林薫を相手にして一歩も引かない。僕は彼女の中に『浮雲』の高峰秀子を重ねるのだ。

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8月31日公開予定 有楽町スバル座、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷
配給:クロックワークス 宣伝:グアパ・グアポ
2012年|1時間54分|日本|カラー|アメリカン・ビスタ|DCP5.1ch
関連ホームページ:http://natsu-owari.com
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
原作:夏の終り(瀬戸内寂聴)
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