草原の椅子

2013/01/15 東映試写室
最も弱く小さな少年の存在が傷ついた大人たちを癒して行く。
宮本輝の同名小説を佐藤浩市主演で映画化。by K. Hattori

Sogennoisu  大手カメラメーカーで営業局次長をしている遠間には、人生50年目にして3つの出会いがあった。ひとつは大阪から東京進出を果たした取引先のカメラ販売店社長冨樫に請われて、彼の親友になったこと。2つ目は陶器店を営む女性篠原に心引かれ、彼女の店に足繁く通うようになったこと。3つ目は大学生の娘が連れて来た4歳の少年圭輔を、自宅で預かることになったこと。圭輔は生まれた直後から母親から虐待されて育ったことから、周囲に心を閉ざし、言葉の発達も遅れていた。主人公の遠間を演じるのは佐藤浩市。親友冨樫に西村雅彦、篠原に吉瀬美智子というキャスティング。宮本輝の同名小説を、『八日目の蝉』『聯合艦隊司令長官 山本五十六』の成島出監督が映画化したドラマ作品だ。

 タイトルの『草原の椅子』というのは、家具職人をしている冨樫の父が、さまざまな障害を持つ人のために作っている特注品の椅子のこと。それは左右非対称で、家具としては不格好でいびつなものであることもある。だがその椅子はこの世のひとりの人間が安心して身を委ね、くつろぐためにの場所でもあるのだ。この映画に登場する人間たちは、体に障害があるわけではない。しかし誰もが傷つき、それぞれの人生の中で苦しみを味わっている。この映画は彼らが安心して身を委ね、くつろぐための『草原の椅子』を探す物語なのだ。

 物語の中でトリックスターの役目を果たすのは、母親に虐待されて言葉を失っている少年圭輔。普通の子供に比べて繊細で傷つきやすく、大人の保護なしには生きることができない最も弱い存在であるこの少年が、結果としては3人の大人たちを再生させることになる。少年に大人たちを救う意図はない。彼は彼で、自分が生きることに精一杯なのだ。しかしそれが、少年よりもずっと強いはずの大人を癒すのだ。物語の類型の中にしばしば登場する聖なる愚者の役目を、この少年が果たしていると言えるだろう。しかしこの聖愚者は、自らは何も語らず、自ら積極的に動きまわったりしないがゆえに、物語を回すコンパスの芯のような役目も果たしている。大人たちは圭輔を中心軸にして、その周囲をぐるぐると回って大小さまざまな円を描いていくのだ。その姿は時としてひどく滑稽ですらある。それは圭輔という中心軸から離れようともがく大人ほど極端だ。小池栄子扮する母親はどうだろう。中村靖日が演じる父親(元義理の父)はどうだろうか。

 映画には冒頭と終盤に、パキスタン北西部の景勝地フンザが登場する。村に住む老人に自分たちの運勢を占ってもらうというのが目的だが、それより印象的なのは、主人公たちがどこまでも続く砂丘を駆けて行く場面だろう。行く手には誰もいない。誰の足跡もない前人未踏の大地を踏みしめて、主人公たちは駆ける。旅に出て自分を見つめ直すという意味ならこの旅はどこに出かけてもいいのだが、この砂丘のシーンは海外ロケ撮影の意味があったと思う。

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2月23日公開予定 丸の内TOEIほか全国ロードショー
配給:東映 宣伝:グアパ・グアポ
2013年|2時間19分|日本|カラー|サイズ|サウンド
関連ホームページ:http://www.sougennoisu.jp
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
原作単行本:草原の椅子(宮本輝)
新潮文庫:草原の椅子(宮本輝)
幻冬舎文庫:草原の椅子(宮本輝)
Kindle版:草原の椅子(宮本輝)
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